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7月8日 自然に尿素が合成される条件(6月26日号 Science 掲載論文)

2025年7月8日
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東大の柏で学ぶ大学院生に今も Abiogenesis について講義させてもらっているが、現役時代で言えば全く専門外だったこの領域は今の私の思考を整理するのに最も重要で、講義のために毎年頭のアップデートを行うのは楽しい。今日は今年の授業にも使いたいと思っている尿素合成に関する論文を紹介することにした。

我々はヴェーラーの尿素合成を有機化学の始まり、即ち生命にしか存在しないと思われる有機化合物も生命なしで合成できる、として習ったが、気になって最近の高校ではどう教えているのかGPT-4で調べてみた。すると、啓林館「化学基礎」では「1828年、ドイツの化学者ヴェーラーが無機化合物から有機化合物の尿素を合成し、生気論に一石を投じた。この発見は有機化学の出発点とされている。」と、生気論まで言及して突っ込んだ記述が行われており驚いた。さらには、単球科目としてユーレイ・ミラーの実験や、アビオジェネシス研究領域まで挙げられており、素晴らしいと感じた。機会が与えられることがあれば、一度高校生とも Abiogenesis について話してみたいと思う。

前置きはこのぐらいにして今日紹介するチューリッヒ工科大学からの論文は、現在も高温高圧下で行われている尿素合成が、アンモニアの小さな液滴に炭酸ガスを加えるだけで可能になるという Abiogenesis を考える上で画期的な研究で、6月26日号の Science に掲載された。タイトルは「Spontaneous formation of urea from carbon dioxide and ammonia in aqueous droplets(二酸化炭素とアンモニアは液滴内では自然に尿素を合成する)」だ。

恥ずかしいことに、Abiogenesis の講義をしていて全く気づかなかったが、最近ミクロンレベルの大きさの水滴は広い表面を有するとともに、内部まで極めて大きな勾配を持っていることから、様々な有機反応が自然の状態で起こることが示されていたようだ。

これにヒントを得て、2ミクロンレベルのアンモニアの液滴に炭酸ガスを通すと、高圧や高温にすることなく尿素が合成できることがわかった。アンモニアや炭酸ガスは生命なしに地球上に存在することを考えるとこんなに簡単に尿素ができてしまったことが驚きだ。リービッヒは尿素合成について「私は今や、尿素の背後には有機自然の秘密が隠れていると確信しかけている」と述べたが、この研究が示した有機と無機の距離の短さを知ると、確信しかけているではなく、確信していると述べただろう。

もちろんこの研究ではなぜこんなに簡単に尿素が合成できるのかについての解析を行っている。炭酸ガスが流れるチェンバーで2ミクロンのアンモニウム水滴を形成し、その上での反応をラマンスペクトラムで調べるシステムを使って、尿素が自然に合成される過程を分析し、pH の低い条件でプロトンが抜けた NH3 が形成され、これが炭酸アンモニウムになり、そこにもう一つ NH3 が加わることで、尿素と重炭酸塩が分離することを確認している。

このとき液滴表面上で発生した水とプロトンが結合したオキソニウムイオンが一種の触媒として働き、尿素合成反応を促進していることを示している。水滴という閉じた世界が、一種の拡散反応系を形成し、これにより形成された表面の特殊な環境が、普通なら不可能な合成を可能にするという美しい世界だ。

今、有機化学の世界は大規模言語モデルを導入して大きく変貌している。まさに言葉で考えたことが、有機化合物として実現される時代が来ているが、これは Abiogenesis 研究にも大きなインパクトがある。最近 Nature machine intelligence に出た総説はこの分野を理解するのに役立つと思うので一度読んでみてほしい(下図)

  1. okazaki yoshihisa より:

    高温高圧下で行われている尿素合成が、アンモニアの小さな液滴に炭酸ガスを加えるだけで可能になるという Abiogenesis を考える上で画期的な研究!
    Imp:
    なんと!
    地球上の自然環境(温度・気圧)で可能ということでしょうか?

    1. nishikawa より:

      基本的にはアンモニアのエアロゾルが出来ればどこでも出来ると言うことでしょう。メタンやアセトンはサーマルベントで出来ますが、地上の噴出口でも可能だとするとエアロゾルも可能でしょう。

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