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1月13日:絶対音感の神経生物学(1月7日号Journal of Neuroscience掲載論文)

2015年1月13日
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絶対音感というと最相葉月さんが1998年に出版された本を思い出す。絶対音感とは何かという最相さんの個人的問いから始め、音楽家から科学者までの多くの取材を重ねて、個人や社会にとっての音楽の多様なあり方を示すとともに、「絶対」の持つ意外な不自由を教えてくれる良書だ。音楽好きは是非読まれることを勧める。今日紹介するチューリッヒ大学からの論文は、この絶対音感に関わる脳の必要条件について調べた研究で1月7日号のJournal of Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Bridging the gap between perceptuall and cognitive perspectives on absolute pitch (絶対音感の見るときの感覚と認知の間のギャップをうめる)」だ。音楽についての脳科学的論文はそう多くないので、このグループの論文は他にも読んでおり、紹介することにした。様々な音楽能力を、脳内各部位の結合性の変化と相関させる研究が中心で、これを脳波という単純な方法で調べて来たグループだ。今回の研究でも、脳波に現れるθ波が部位間で同期している程度をコンピューターで計算して、部位間の結合度合いを割り出している。研究ではプロの音楽家を絶対音感の有り無しで分け、それぞれの絶対音感の厳密さを異なるピッチの音を聞かせてドレミを言い当てる検査を用いて測定し、自己申告の正確さを確認する。その上で、脳活動を調べるのだが、これまでの研究の多くは、対象者にピッチの違う音を聞かせて脳の反応を調べるものだった。事実、この論文で引用されていた我が国東京医科歯科大学からの研究では(Neuroscience letters, 548:155, 2013)、ピッチを外した音を聞くとき絶対音感があると脳がおかしいと反応する状態を検出して絶対音感と相関させている。この研究がこれまでと異なるのは、音と脳の反応の相関は全く調べていない点だ。代わりに、連合記憶などの高次認知機能に関わる前頭葉の部位と、聴覚に関わる部位との連結の程度を、安静時に調べている。すなわち最初から調べる部位に狙いをつけて、その間の結合を調べている。結果は、絶対音感があると、左脳だけでこの2つの部位の連結が発達している。一方、音楽家でも絶対音感がないと、いくらキャリアが長くてもこの結合は発達していない。また、絶対音感の程度が高いほど、左脳でのこの二つの部位の結合が高まるという結果だ。まとめると、絶対音感を持つということは、この研究で調べた左脳の2つの部位の結合が高まっている、即ち脳の構造変化が起こっていることを示している。どうりで、日常何気なく入ってくる音も、絶対音感を持つ人には気にって仕方がないのもよく分かる。いずれにせよ、次の課題はこの研究で発見された指標を使ってどの程度絶対音感の有無が予言できるかだ。これが揃って初めて私も説得されるだろう。最相さんの本にも絶対音感と左脳の構造の変化が相関すること、また我々が憧れる絶対音感が、持っている人間には大きな制約になることなどが書かれている。構造的に決定されているということは、制約があるのも当然だと納得する。最相さんの本と、最新の結果がこのように合致するなら、今後の研究にとって、半端でないエネルギーでインタビューを重ねて最相さんが集めた様々な例の記録は役に立つこと間違いない。この本がさらに脳科学者のインスピレーションを刺激して面白い研究が生まれることを期待する。

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