我々現生人類以外から受け継いだ遺伝子で現在も維持されている遺伝子は我々が生き残る上で重要な役割を演じた可能性が高い。Covid-19パンデミックの時、重症化する遺伝子、あるいは重症化を防ぐ遺伝子の中にネアンデルタール人由来の遺伝子が特定され、話題になった。しかし数ある古代人からの遺産の中でも最もわかりやすいのが、デニソーワ人由来の心臓や血管機能に関わる遺伝子EPAS1がヒマラヤの高地に住むチベット人やシェルパの高地適応を助けたという発見だろう。
今日紹介する米国ブラウン大学からの論文は、やはりデニソーワ人由来の遺伝子で、現在のメキシコ人に強く保存されている粘液分子MUC19の伝搬形式を詳しく調べた研究で、8月12日号の Science に掲載された。タイトルは「The MUC19 gene: An evolutionary history of recurrent introgression and natural selection(MUC19遺伝子:繰り返す遺伝子移入と自然選択)」だ。
MUC19遺伝子の回りにデニソーワ人由来の多型が集中しており、またメキシコ人でデニソーワ人由来遺伝子が強く選択されていることが知られていた。この研究では、MUC19周辺をデニソーワ人ゲノムと徹底的に比較し、メキシコ人に移入したと考えられる742Kbの中の72Kbにデニソーワ人の多型が集中していること、そしてこのMUC19を含む72Kb領域がメキシコ人で強く自然選択されていることを確認する。事実デニソーワ人遺伝子は9カ所のアミノ酸変化を伴う変異が存在するが、それらは全てメキシコ人に移入したあと保持されており、MUC19のデニソーワ人型機能変化がアメリカでの適応に役立ったと考えられる。すなわち、メキシコ原住民はシベリアから渡ってきた現生人類だが、どこかの時点でデニソーワ人遺伝子領域72Kbを含む742Kbの遺伝子流入が起こり、これがアメリカに適応過程で選択された。
面白いのは、デニソーワ人の遺産をそのまま使うのではなく、アメリカでの適応過程でMUC19遺伝子内の30bpの繰り返し配列の数を増やしていったことで、この領域がMUC19の重要な機能ドメインであることから、デニソーワ人遺伝子をベースに、より高い機能を保つ遺伝子へと変化させたことを示している。
最後に、このデニソーワ人遺伝子がどのような経緯で現生人類へと移入したかを72Kbと742Kbの配列をデニソーワ人、ネアンデルタール人、そして現生人類と比較して調べている。なんと742Kbの領域には多くのネアンデルタール人の多型が存在している。そして、3種類のネアンデルタール人ゲノムを調べ、古いネアンデルタール人ではデニソーワ人の72Kbが移入していないが、新しいネアンデルタール人には移入していることを発見する。
以上の結果から、デニソーワ人MUC19はまずネアンデルタール人とデニソーワ人との交雑過程で移入し、その後ネアンデルタール人と現生人類との交雑過程で72Kbを含む742Kbが現生人類に移入し、アメリカ大陸への適応過程で、デニソーワ人の遺伝子が強く選択され、さらにそれをベースに30bpリピートを倍加させるという新しい機能進化が起こったことを示している。
残念ながら、この進化を推進した環境要因が何かは明らかでない。そのためにはアメリカ型のMUC19を様々なMUC19と機能的に比べる実験が必要になる。しかしこれほど大きな変化と選択が起こっている場合、自然選択の跡をたどれる可能性は高い。