自律神経系は免疫細胞からの様々なサイトカインに反応し脳へシグナルを送るが、脳も視床下部-下垂体-副腎皮質からのホルモンを通して免疫系にシグナルを送る。そしてこの回路自体は、他の様々な刺激と繋がっており、我々が感じる内的・外的刺激の全てはこの回路に連なっているので、脳や免疫系からこの回路に関わる介入が起こっても驚くことではないと理解している。
とはいえ、今日紹介するジュネーブ大学とローザンヌ大学から7月28日 Nature Neuroscience にオンライン発表された感染している人が近づいてくるだけで私たちの自然免疫系が高まるという論文を目にして驚いてしまった。タイトルは「Neural anticipation of virtual infection triggers an immune response(仮想的な感染を神経的に予測することで免疫反応にスウィッチが入る)」だ。
この研究を理解するためには、1990年イタリアパルマ大学 Rizzolatti らが提唱した peripersonal space (PPS) の概念を知ることが必要だ。PPSは脳で感じる我々の身体に直接関わる環境との境界といえる。このような拡大した身体表象を持っていることは、身体そのものの感覚=タッチ感覚が、接近してくる物体の視覚により影響される事で測定できるとされている。実際、急速に物体が近づくのを見ると、タッチ感覚の反応が早くなる。このタッチ感覚に影響する視覚的距離をPPSと定義している。
この研究では、このPPSが普通の顔、あるいは怒っている顔が接近するときと比べると、明らかに病原体に感染していると思える顔が近づいてくる時は遠い距離まで拡大していること発見している。即ち同じ反応が感染した顔だと遠いところから始まり、感染危険性があると我々のPPSが拡大することを示している。コロナの頃のディスタンスの感覚と考えてもらえればいい。
ここまでならなるほどで終わるのだが、この研究はPPSを図る実験後90分に採血をして、免疫系を調べている。コントロールとして、実際のインフルエンザワクチンを注射した場合も加えている。明確に差が出るのが自然免疫に関わるILCの数で、怒った顔が近づいてきても少しは上昇するのだが、感染した顔が近づいてくると、インフルエンザワクチン注射と同じぐらい上昇する。また活性化されたILCで特にはっきりした差が見られる。
この結果が研究のハイライトで、あとは脳のどの領域がこの反応に関わるかを調べている。脳のネットワークには注意を向ける Salient network が存在するが、これに感染症により刺激が高まったPPSネットワークが加わり、そこから下垂体への回路の活性が高まっていることを明らかにしている。
ここまでわかると、あとは本当に視床下部、下垂体、副腎皮質回路が活性化してILCを刺激することになるが、これを確認するため、様々なサイトカインのデータを学習させたAIを用いて、感染者を見ることによるPPSに関する強い刺激が、ILCに関わるサイトカインと相関するかを調べ、明確な正の相関が存在することを明らかにしている。
結果は以上で、要するに感染者を見ただけで、自分の身体範囲を拡大して身を守るだけでなく、無意識のうちに免疫系まで刺激しているという驚くべき結果だ。ワクチンを打つ前に、感染者の話を聞かせるのも面白いかもしれない。
明確に差が出るのが自然免疫に関わるILCの数で、怒った顔が近づいてきても少しは上昇するのだが、
感染した顔が近づいてくると、インフルエンザワクチン注射と同じぐらい上昇する!
Imp:
視覚からの情報も免疫系を調節していたとは!
医者は感染者を見る機会が多いですが、実際にILCを図ってみたいですね。