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1月21日:結核菌の歴史(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2015年1月21日
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私が医者になった40年前は外来で結核患者さんを見るのは当たり前だった。すでに抗生物質が存在したおかげで、必ずしも入院をさせなくても良いという考えが徐々に普及しており、多くの患者さんを外来で治療したのを覚えている。しかし私の結核についての記憶は決して医学だけではない。結核は私たちの文化、特に19世紀後半からの文化と深く結びついている。多くの芸術家が結核を扱い、また結核のために亡くなったことは文学や音楽史からも理解できる。作曲家で言えばショパン、作品で言えば椿姫やボエームなど、19—20世紀の庶民の脅威として心を支配していたようだ。今日紹介するヨーロッパを中心とした国際コンソーシアムからの論文は世界99カ国から5000近い結核菌を集め、ゲノムを調べた研究で、Nature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Evolutionary history and global spread of the mycobacterium tuberculosis Beijing lineage(結核菌北京株の伝搬と進化の歴史)」だ。結果自体は地道な細菌ゲノム研究で、結核の歴史を知ることで耐性菌への対応を目指すものだ。結核がもはや私たちに重くのしかかる問題で亡くなった現代の人には面白くないかもしれない。しかし、結核菌の歴史に私たちの歴史を重ねて考えると、結核と私たちの交流がいかに深かったか理解できる。まず、私自身患者さんを診ていた時、世界に広がっている結核菌がこれほど大きな多様性を持っているとは考えなかった。完全にゲノムが調べられた110菌株には6000のSNPが見つかる。また菌の進化についても全く知らなかった。この研究から世界に感染を拡大させた結核菌がなんと北京から日本までの東アジアに由来する菌で、6000年前に独立した菌として生まれたようだ。その後、人類の交流史とともに西へ西へと広がり、欧州に達する。これもそれぞれの歴史イベントと重なるはずだ。面白いことに、広がった先で独自の進化を遂げる。その結果、現在のアジアに広がる菌と欧州に広がる菌には大きな差がある。また、結核は欧州からアメリカへ持ち込まれて抵抗のなかったアメリカ原住民の人口減少をもたらしたことが知られているが、旧植民地の結核も独自の進化を遂げている。予想通り地球上の結核菌の総数が急増したのが19世紀で、産業革命による都市化の始まった時期と重なる。そして次の波が、第一次大戦時だ。この原因も追及の価値がある。そして、私が医者になった時から急速に結核菌の総数は減少するが、AIDSが流行りだすと少し増加して、今に至っている。また、抗生物質の使用により生まれた耐性菌が現在の結核菌総数の増加にも関わっているという結果だ。もちろんこの研究は純粋医学的に、耐性菌の発生を予測し、結核自体を撲滅するために行われている。事実、耐性をもたらすメカニズムも明確にしている。しかし、空気感染する慢性感染症という結核が持つ稀な特徴を考えると、我々自身の歴史と結核菌ゲノムをさらに詳細に重ね合わせた研究は間違いなく面白い分野になる。幸い19世紀は組織の保存などが行われ始めた時期だ。当時の結核菌を調べることも可能だろう。ゲノム研究が歴史研究を変えていることを実感する研究だった。

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