ずいぶん昔になるがこのブログでなぜゾウは身体が大きい(=増殖が必要)のに長生きでガンにならない理由について、LIF6と呼ばれるゾウ独特の分子によりDNA損傷でp53の発現が上昇するとともに死にかけの細胞の細胞死が促進され新陳代謝が上昇する結果だ、とするシカゴ大学からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/8808)。
今日紹介する米国ロチェスター大学からの論文は、鯨の長生きの秘密を、調査捕鯨から得られた鯨の皮膚線維芽細胞の培養を用いて探索し、CIRBPと呼ばれるDNA修復を助ける分子による修復の効率化がその原因であることを明らかにした論文で、9月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Evidence for improved DNA repair in long-lived bowhead whale(ホッキョククジラではDNA修復の効率が改善されている)」だ。
アラスカでの沿岸調査捕鯨で得られたホッキョククジラが陸揚げされたとき皮膚を現場で処理し、そのまま培地に漬けてロチェスター大学に運び線維芽細胞株を樹立している。すなわち、この研究のほとんどは、樹立された線維芽細胞で老化やガン化に関わる性質、異常増殖、細胞死、DNA修復等を調べ、ホッキョククジラがガンにならずに200年以上も生きる秘密を探っている。
まず細胞の継代を繰り返し細胞老化が起こるか調べると、マウスやヒトの線維芽細胞と同じように老化する。また、ゾウで見られるような細胞死の促進、即ち senolysis も見られないし、ゾウのようにLIF6によりp53が上昇する事もない。
ではガン遺伝子による異常増殖が起こりにくいのか、いくつかのガン遺伝子や癌抑制遺伝子を導入して調べると、マウスやヒトの線維芽細胞と同じようにガン化する。とすると、基本的にはガン化のシグナルが発生しにくい、即ち遺伝子変異が起きにくいと考えられる。
ガン遺伝子でガン化させ増殖を続けた細胞のゲノム変位数を調べると、ヒトやマウスと比べると遺伝子変位の頻度が大きく低下していることが明らかになり、ホッキョククジラではおそらく遺伝子修復効率が高まっていると考えられた。
そこで、様々な修復アッセイを行い、最終的に二重鎖切断の際の修復効率がヒトやマウスと比べ数倍高まっていること、これはエンドジョイニングと呼ばれる修復も、相同組み換えによる修復も同様に高まっていることを明らかにした。しかも、エンドジョイニングによる修復の正確さは群を抜いており、特定の箇所に切断を入れるCRISPR-Casを用いて切断部位の修復精度を調べると、精度はヒトの2倍以上で、しかも挿入や欠失の頻度はさらに少ない。
なぜこのような精度の高い修復が可能なのかについて修復に関わる分子の発現量を比べると、ヒトやマウスで発現がほとんど見られない CIRBP がクジラだけで強く発現していることがわかった。この発現をノックダウンで抑えると、エンドジョイニングの頻度や精度が低下することから、クジラの正確なDNA修復の秘密はもっぱら CIRBP の発現が高いためであることがわかった。
さらに、放射線照射した後の染色体異常の阻止効率を調べると、ヒトの CIRBP でも一定の効果があるが、クジラの CIRBP の方が阻止効率が高く、分子機能自体としても進化していることがわかった。
ここまで来ると、是非トランスジェニックマウスの結果を知りたいところだが、発ガンを抑えることは報告されているが、長生きという報告はない。この研究では代わりにショウジョウバエに遺伝子導入し寿命を調べ、少しだが寿命が延びること、特に放射線照射後の生存期間が延びることを明らかにしている。
以上が結果で、CIRBP により修復に関わる分子が効率よく集められることで、修復活性が高まり、これが発ガンを抑え、寿命を延ばすという結論になる。ただ、あくまでも線維芽細胞での話で、トランスジェニックマウスで特に寿命が延びたという報告がないことや、ショウジョウバエでも寿命に対しては効果絶大というわけではないので、これが老化防止に使えるかは今後の課題だと思う。

クジラの正確なDNA修復の秘密はもっぱらCIRBPの発現が高いためである!
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鯨の長生きの秘密はCIRBPと呼ばれるDNA修復を助ける分子による修復の効率化にある。