人間では自由な操作実験が難しいため、代わりにモデル動物を用いて研究が行われている。とは言え、画像診断や一部の機能テスト、そして採血による血液検査、あるいは死後組織などを用いて人間を徹底的に調べ尽くす研究が各時代のレベルに合わせて進められてきた。
今日紹介するアレン免疫研究所からの論文は、青年期(25-35歳)と中年から初老(55-65歳)にかけて血液検査で調べられる最も詳しい検査を行い、高齢への入り口で起こる免疫系の変化を調べた研究で、10月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Multi-omic profiling reveals age-related immune dynamics in healthy adults(マルチオミックスにより健康人の免疫動態が明らかになる)」だ。
アレン研究所というとマイクロソフト創業者の一人 Paul Allen の寄付で始まった脳の研究所で、死後脳の組織コレクションや徹底的なオミックスを通して研究領域にリソースを提供するので有名だ。脳の遺伝子発現を詳細に調べた Allen Human Brain Atlas は中でも有名で、自閉症や精神疾患のゲノム研究には欠かせないデータになっている。
このように私の頭の中ではアレン研究所=脳研究所だったが、実際には細胞生物学や免疫学まで分野を拡大してきたようだ。ただ、アレン研究所の伝統を組んで、免疫研究所から発表されたこの論文も、人間に対象を絞り、青年と中年の血液のプロテオミックスとともに血液内の細胞成分の single cell RNA sequencing を徹底的(即ちお金をかけて多くの細胞を調べる)で行い、膨大なデータを提供した研究と言える。
ただそれだけでは論文にならないので、この時期に最も遺伝子発現の変化が見られる免疫系に焦点を絞って解析したのがこの研究になる。リンパ球を何十ものサブセットに分け、一つ一つのサブセットでの遺伝子変化を調べる大変な仕事だが、これによりまずはっきりしたのが年齢による変化が起こるのはT細胞が最も顕著で、特にCD4T細胞での遺伝子変化が中年への変化をガイドしていることになる。
これまで、高齢者についての免疫を徹底的に調べることは行われてきたが、この研究のように中年期に絞って多くのデータを集めた試みは少ない。ただこれまでの高齢者のデータと突き合わせると、中年期に起こった変化が老年期にも持ち越されるようで、老年期へのシフトを知る意味でこの研究の意味は大きい。
研究自体は膨大なデータの集まりで、研究者の目で一つ一つ見ることが重要になるが、論文紹介としては重要ないくつかの点を列挙するのに留めたいと思う。要するにこのような大規模データを生成し提供したことが最も重要な業績になる。
- 特異的な免疫について、サイトメガロウイルス慢性感染、及びインフルエンザワクチンへの反応で調べている。サイトメガロウイルス慢性感染は人間の免疫機能に最も大きな影響を及ぼすとされてきたが、青年期と中年期でほとんど変化は見られない。一方、インフルエンザワクチンに対する反応では、抗体反応が全体に低下し、ノンレスポンダーの数が増える。また、IL-4依存的なIgG2へのクラススイッチが上昇している。
- このような変化の一部はメモリーB細胞の年齢による変化を反映する可能性もあるが、ほとんどはT細胞サブセットや遺伝子発現の変化の結果と考えることができる。
- ザクッと言ってしまうと、T細胞の中でもTh2と呼ばれるメモリーT細胞の方向にT細胞が引っ張られることで、この結果IL-4やインターフェロンγを多く分泌するT細胞が増えた結果、自己免疫反応やIgG2へバイアスのかかった抗体反応につながる。
- 転写因子の発現から見て、Th2へのバイアスは抗原刺激によるシグナルが全体的に低下したことによる。
以上が詳細を省いた大きなまとめになるが、結局は脳と同じで抗原への反応性が落ちていくのが引き金で、それが中年期から始まるというのが面白い。ただ、これは末梢血だけで、今後解剖や手術サンプルを含めたリンパ組織などのデータが集まると、実験が難しい人間でも多くのことがわかると思う。

結局は脳と同じで抗原への反応性が落ちていくのが引き金で、それが中年期から始まるというのが面白い!
imp.
免疫系の老化メカニズム!