無生物から生命が誕生する過程と同じく、言語の発生は間違いなく21世紀科学の最重要課題だ。ただ、この問題は短い論文で切り込めるほど簡単ではなさそうで、私のような分野外の人間の目に触れるようになる論文は、どうしても生理学的視点から言語を調べている研究が多い。特に、言語成立と複雑な音声を可能にする発生のための解剖学的構造は研究が進んでいる。今日紹介するマイアミ大学を中心に、ドイツ、オランダが参加した共同論文もそんな例でアメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載された。「Climate, vocal folds and tonal languagees: connecting the physiological and geographic dots (気候、声帯、声調言語:生理学と地理学のデータを結合させる)」という興味を引くタイトルで思わず読んでしまった。現在実際に使われている言語の地理学は政治や民族の移動に影響されることが多く、気候の影響を受けることはないとされている。とはいえ私の直感でも、気候は確かに影響があると思う。同じラテン語系のオペラでも、口を大きく開けられるイタリア語と比べて口を閉じたように話すフランス語の歌は歌いにくいのではと思う。また、英国英語のほうが米国の英語と比べて明らかに口の開け方が少ない。おそらく寒いほど口を開けない言語になるのだろうと勝手に思っていた。この研究では気候、特に湿気と言語の関連を調べている。タイトルの声調言語(Tonal languagee)とは中国語の四声のように、音の調子を使って単語を区別する言語で、中国語以外にもタイ語など東南アジアの言語はこれに属している。まずこのグループは文献調査を中心に、声調言語のような微妙な音の高低の使い分けには声帯が常に湿っていることが重要であると結論している。その上で、ドイツマックスプランク研究所が収集した世界の言語地図に、複雑な声調を使うかどうかを重ね合わせ、複雑な声調言語のほとんどが高温多湿地帯に分布していることを示している。実際、声調の複雑と湿度が相関することや、モンテカルロ法を使ったシミュレーションで温度と湿度との相関を検証して、彼らの仮説の確かさを確認している。これらの結果から、声調言語は多湿でないと維持できないとい事、低温地区でも空気が乾燥しているため、複雑な声調言語の可能性は少ないなどの結論を引き出している。内容はこれだけだが、この論文を読むと声調言語が中国、東南アジアだけではなく、インドネシア、カシミール地区、そしてサハラ以南のアフリカに集積していることがわかり、物知りになる。その多くは消滅の危機にあるだろう。これを集め、データベースを作っているマックスプランク研究所にも敬意を抱く。しかし、声調言語がこれほど気候に影響されるとすると、地球温暖化の影響で言語がどう変わっていくかも今後は面白いテーマになるように感じた。中国語の未来を予想するのもまた言語生理学の使命だろう。