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12月13日 HE染色した病理スライドを遺伝子発現パターンに転換するAIモデル(12月9日 Cell オンライン掲載論文)

2025年12月13日
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最近生命科学でAIというと、もっぱら生成AIを意味することになる。このブログでもほとんどがこの範疇の論文を紹介してきた。しかし、今日紹介するマイクロソフト、ワシントン大学、そして Providence Genomics から12月9日 Cell に発表した論文を読んで、異なるデータをペアリングさせるいわゆる教師付AIの重要性を改めて認識した。目的に応じて様々な方法を使うのが結局は正しいようだ。タイトルは「Multimodal AI generates virtual population for tumor microenvironment modeling(マルチモーダルなAIは腫瘍微小環境モデルの仮想的集団を形成できる)」だ。

私が卒業した頃のガンの病理診断は、 hematoxylin-eosin (HE) 染色された組織を専門家が見て、ガンのタイプや悪性度を決めていた。多くの標本を見ることで、細胞の形や色具合から、様々な情報を引き出せるプロが育っていった。ではなぜHE染色標本で様々な情報が引き出せるのかと考えてみると、HE標本での細胞の配置や形、あるいは染色パターン自体が、細胞の発現している遺伝子パターンを反映しているからで、原理的にHE染色パターンを組織や細胞の遺伝子発現状態と相関させることができるはずだ。

この可能性にチャレンジしたのがこの研究で、ガン患者さんのコホート研究で得られた21枚のHE染色スライドについて、21種類のタンパク質の発現を調べ、全体で441種類のデータを採取している。この時、対象にしたタンパク質は、ガン細胞自体よりガンの周りに存在するストローマ細胞や免疫細胞の発現するタンパク質を選び、ガンの微小環境からガンの状態を統計的に学習できるよう計画している。

画像の領域検出に用いられる Nested U-Net をアーキテクチャーとして使い、同じスライドのHE染色とそれぞれのタンパク質の発現をペアで教師付学習を行っている。実際には学習に使った組織中に存在する4千万の細胞それぞれで、HE染色パターンと各蛋白質の発現の対応関係を構築している。そしてこのモデルにHE染色スライドをインプットすると、組織を分解した各ピクセルで21種類のタンパク質が発現しているかどうかが出力され、得られる21種類の出力を一つのスライドとして統合するモデルになっている。

たった21枚のスライドで本当にまともなモデル作成が可能かと気になったので、この作業にどのぐらいのワークステーションが必要かChatで調べると、モデルを作るのは研究室レベルのワークステーションでも可能だが、この研究のように14000人の患者さんのHEスライドを変換するには、個別の研究室ではまかないきれないぐらいの大きなワークステーションが必要で、さすがマイクロソフトといえる。

いずれにせよ、HE染色スライドに潜在的に表現されたタンパク質発現パターンを抽出できたと言うだけでも驚きで、例えばリンパ球でもCD8とCD4の区別がある程度できていることは、何が根拠なのか興味は尽きない。

研究ではさらに進んで、例えばKRAS変異を持つガンとEGFR変異を持つ肺ガンの違いを分子発現の違いとして提示したり、あるいは染色体不安定性の上昇が腺ガンと扁平上皮ガンでは全く異なる影響があることなどが新たにわかることを示している。

他にもそれぞれのガンで免疫系のタンパク質発現を調べることで、予後の予測が行えること、またガンのTNM分類を組織からある程度予測する事が可能なこと、そしてプロバンス研究所のコホートだけでなく、ガンデータベースから得られるデータを用いてほぼ同じ結果を得ることができることを示している。

結果についてはあまり詳しく紹介できなかったが、ともかくHE染色組織を見るプロの目に匹敵する、しかもより具体的な病理診断方法が可能になったと思う。おそらくクラウドで利用するためのプラットフォームは提供されるようになるのではないだろうか。論文で協調していたのは、HEデータと分子発現データをペアリングする教師付方法でないと、これが可能でない点で、マイクロソフトに言われると説得力がある。

  1. okazaki y oshihisa より:

    ともかくHE染色組織を見るプロの目に匹敵する、しかもより具体的な病理診断方法が可能になったと思う。
    Imp:
    腫瘍微小環境の解釈はICIの効果upのためにも必須です。

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