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3月3日 転写とクロマチンから海馬の神経新生を測定する(2月25日 Nature オンライン掲載論文)

2026年3月3日
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ほとんどの脳領域で神経は一度造られると新生はほとんど見られないが、海馬の歯状回では活発に神経新生が維持され、造血と同じで高齢者でも一定レベル維持されていることがわかっている。また、アルツハイマー病 (AD) ではこの新生が低下している可能性も指摘されている。しかし、増殖を調べるためのサンプル採取の困難から、人間でもマウスで見られるような活発な新生が起こっているかを直接調べた研究は少ない。

今日紹介するシカゴ大学からの論文は、アルツハマー病や高齢者の海馬を含む多くの海馬凍結サンプルを集め、単一細胞レベルの転写とクロマチンの構造を調べることで細胞新生過程を定義し、人間の海馬細胞の新生とその異常を調べた研究で、2月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Human hippocampal neurogenesis in adulthood, ageing and Alzheimer’s disease(成人、老人、さらにアルツハイマー病のヒトの海馬の神経新生)」だ。

細胞増殖の有無の確定は、DNA合成や細胞分裂の特定だが、増殖から分化までの遺伝子発現の変化を追いかけることでも新生状態を推察することができる。これまで多くの研究は単一細胞レベルのmRNA発現を元にこの作業を行っているが、これに単一細胞レベルの Atac-seq を組み合わせて、分化に伴う染色体構造の変化を加えて、より明快に分化状態を定義したのがこの研究の特徴になる。

これにより、完全に分化した神経、グリア細胞に加えて、海馬ではかなりの数の細胞が、グリアと神経細胞に分化できる神経幹細胞と、それに続く神経芽細胞、そして神経への分化が確定した未熟神経細胞を特定できる。直接増殖を示すマーカーがあるわけではないが、発現している分子の重なり合いから調べる分化軌跡の追跡から、成人の海馬でも明確に多能性幹細胞から神経細胞への分化が進んでいることが確認された。

Atac-seq を用いると、このような分化に関わる遺伝子領域はより明確にそれぞれのステージを特定することが出来、また分化の軌跡を追跡することができる。即ち、転写後の様々な修飾が加わるRNA発現よりは安定的に分化様態を特定できる。

次に、健康な高齢者について同じように調べると、成人と同じように神経幹細胞、神経芽細胞、そして未熟神経細胞を明確に認めることから、海馬での細胞新生が高齢になっても起こっていることを確認している。次に AD についてみると、驚くことに神経幹細胞の比率(絶対数ではない)は増加する一方、神経芽細胞や未熟神経細胞の数が強く抑制されていることがわかった。これだけで神経幹細胞新生が起こっているかを決められないが、このステージでは正常高齢者と AD の差はほとんどない。しかし、特にクロマチン構造から推定できる各ステージ維持に重要な遺伝子発現調節領域では、AD の神経芽細胞、未熟神経細胞で強く抑制されている事が明らかになった。異常のことから、分化の始まった時点からの神経新生が AD では抑制されている事がわかる。この遺伝子発現調節に関わる遺伝子を見ると、神経幹細胞に関わる RORB や ZNF98 などが上昇する一方、神経芽細胞や未熟神経細胞に関わる転写因子は AD で抑制されている事がわかる。

この研究では、認知機能を維持しているスーパー老人についても調べており、AD とは真逆の遺伝子発現、即ち若々しい遺伝子発現が維持できていること、特に神経芽細胞や未熟神経細胞の維持に関わる遺伝子発現が正常以上に維持されていることも示している。面白いのは神経幹細胞に関わる遺伝子発現は、明確に老化が見られることから、スーパー老人は神経幹細胞の新生では老化が見られるが、代謝やシナプス結合などの遺伝子発現がしっかり維持できていることがわかった。

実際には多くの遺伝子を調べた結果をかなり単純化して紹介した。全て現象論で、何故老化するのか、なぜ AD で分化異常が起こるのかなどは全くわからない。また、結果は想像通りで、健康な老化、AD 、そしてスーパー老人では遺伝子発現と細胞新生に明確な差があることはわかった。これをベースに、様々な研究が行われることになるが、そのためには脳の標本を集めることが最も重要な課題になると思う。

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