AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 3月31日 細胞内でmRNA発現パターンを記録して保持するシステムの開発(3月26日 Science 掲載論文)

3月31日 細胞内でmRNA発現パターンを記録して保持するシステムの開発(3月26日 Science 掲載論文)

2026年3月31日
SNSシェア

細胞が経験した特定の現象を後から調べられるようにするシステムは、イベントレコーディングと呼ばれて様々な方法が開発されてきた。CRISPR システムを用いてゲノム内の標識に変異を入れる方法が有名だが、他にも反応した分子をラベルする方法などについても紹介した。ただこれまで開発されているほとんどの方法は、特定のイベントに絞って記録を行うシステムで、転写全体の変化をレコードすることは出来ていなかった。

今日紹介するMITからの論文は、Vault と呼ばれる mRNA を囲い込む大きなタンパク質を用いて、特定の時点の細胞内での mRNA の発現パターンを Vault内に凍結して、過去の細胞内の転写パターンを記録するという画期的な方法の開発で、3月26日 Science に掲載された。タイトルは「A genetically encoded device for transcriptome storage in mammalian cells(哺乳動物でのトランスクリプトームを蓄積する遺伝的に組み込んだデバイス)」だ。

Vault粒子は、真核生物の細胞質に存在するリボゾーム並みに大きなmRNAと複合体を形成するタンパク質で、mRNA 等の細胞内輸送に関わると考えられている。著者らはこのタンパク質が、細胞内の mRNA を包んでくれると、包まれた mRNA が安定的に細胞内で維持保存されるのではと考えた。ただ細胞内には様々な mRNA が存在しているので、Vaultタンパク質に mRNA の poly-A 部分と結合する分子をつないで、mRNA を選択的に取り込むように設計し、これを Time Vault と名付けている。

Time Vault を培養細胞株で発現させ、2日目に Time Vault を細胞から取り出して取り込まれたmRNAを調べると、12日にわたってmRNAを保持しており、mRNA 分解酵素の作用を受けないことが確認された。また新しくできた mRNA をラベルしてその後消失していくプロセスを調べると、Time Vault 内にはラベルされた mRNA が60時間ほとんど消失しないで残っていることがわかる。

次に細胞株で Time Vault を発現させたときに取り込まれた mRNA を RNAsequencing で検出出来る細胞数を調べると、なんと1000個の細胞があれば検出可能になることが示されている。また mRNA sequencing では Time Vault に取り込まれた mRNA も、細胞が発現している mRNA もほとんど変わりがないので、そのときの遺伝子発現パターンをバイアスなしに補足できていることがわかる。

このような基礎実験の後の最後の仕上げとして、まずストレス反応で細胞の転写が変化したときに発現されるmRNAを捕捉できるか調べている。Time Vault の発現と同時に熱ショックを与えて、その後72時間目に Time Vault に捕捉されたmRNAを、捕捉されないmRNAと比べると、Time Vault にだけ熱ショックで発現したmRNAが取り込まれていることがわかった。即ち、72時間たつと細胞の転写状態は正常に戻っているが、Time Vault には最初の24時間の記録がしっかり残っていることがわかる。さらに、一度発現を誘導した Time Vault は細胞内で維持されるが、新たに mRNA を取り込むことはなく、過去のレコードだけを保持できていることもわかる。

EGFRに対する標的薬からガン細胞が逃れる機構についても、この方法を用いて調べている。即ち、標的薬を投与しても反応しなかった細胞は、薬剤投与時に既に耐性分子を発現していたと考えられる。これを薬剤投与と同時に発現させた Time Vault で捕捉する実験を行っている。こうして捕捉した分子の中で発現レベルがトップランクの遺伝子の機能を見ると、EGFR の下流の PI3K を共有しているシグナル分子である事が判明した。そして single cell 解析から、薬剤処理前からこれらの耐性分子を発現している細胞が存在しており、これが薬剤により選択されていることも明らかになった。この結果を基に、EGFR阻害剤と、耐性分子の関わるシグナルを薬剤で抑制したり、あるいはアンチセンスmRNAで転写を止めると、耐性細胞も消滅することから、今後のガン治療開発にも利用できることがわかる。

以上、この方法で全く新しい発見があったわけではないが、今後面白い発見につながる方法になる気がする。調べたい瞬間の mRNA 発現パターンの記録を可能にした Time Vault は、発想が豊かな画期的な方法だと思う。           

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。