MERFISHは耳慣れない言葉だと思うが、このブログでは何回か紹介したsingle cell テクノロジーで、in situハイブリダイゼーションを何回も繰り返すことで、1000種類の遺伝子の発現を一つの組織標本で可能にした技術だ。これまでsingle cell テクノロジーというと、どうしても細胞や核をバラバラにするため、それぞれの細胞の組織学的情報を犠牲にしていたが、MERFISHはこの点を解決したsingle cellテクノロジーだ。
これまでの研究でもこの威力を十分認識できたが、今日紹介するハーバード大学の、嗅覚受容体発現と機能に関する論文は、まさにMERFISHの威力が100%発揮された研究で、4月28日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「Spatial organization and detection of social odors in mouse primary olfactory system(マウス一次嗅覚システムの空間的組織化と社会的臭いの感知)」だ。
抗体遺伝子と同じで、一つの嗅覚細胞は一つの嗅覚受容体(OR)しか発現しない。ただ発現のメカニズムは全く異なり、抗体遺伝子が遺伝子再構成によるのに対し、クロマチンの制御により一つの遺伝子のみスーパーエンハンサーを集めることが出来、他の遺伝子より先に発現する。このORは発現するとERに蓄積、ERストレスを誘導することで他のOR遺伝子を抑えるフィードバックが働くようになっている。
このように理解してしまうと、元免疫学者はORの選択がランダムに起こると思い込んでしまう。ところが、MERFISHを用いてそれぞれのORの嗅上皮での発現を組織学的にマップすると、完全に組織化され、ゲノム上で近接する遺伝子が同じ場所にオーバーラップして発現すること、そして系統的に近い遺伝子ほど同じ場所に発現することを発見する。
そして、ゲノム上で近い、系統学的にも近い遺伝子ほど近接して発現するというパターンは、一次嗅覚野の嗅球(OB)でも維持されている。即ち、投射先も完全に組織化されていることを発見する。OBの図をみると、例えばショウジョウバエさなぎのイマジナルディスクで様々な遺伝子の発現が美しく組織化されているのを思い出す。
それもそのはずで、MERFISHで明らかになる他の遺伝子を調べると、接着分子、軸索投射に関わる分子、シグナル分子、そして転写因子が、場所に応じて発現が異なる。即ち、多くの分子の発現が少しづつ異なることで、場所に応じたORを含む遺伝子発現がそれぞれ異なる細胞が発生していることになる。この研究と同じ時に他のハーバード大学グループから発表された論文では、ショウジョウバエのイマジナルディスクと同じように、レチノイン酸を中心とする分化因子の濃度差が上皮に形成され、これがORや他の遺伝子の発現を調節して異なる細胞種を決まった場所に分布させていることになる。
どちらの論文もこれ以上の発生学的解析は行っていないが、今後このような組織上の分化因子の濃度により、ランダムではなく特定の遺伝子のクロマチン構造が変化する機構を明らかにすることがこの分野の重要なテーマになるだろう。
この研究では発生学より生理学に重きを置いて研究している。まず単一刺激物質を濃度を変えて嗅がせて、神経細胞の反応を調べると、強く反応する細胞と、弱く反応する細胞をEgrの発現で調べることができる。
その上で、メスがオスを識別するとき、あるいは逆、あるいは母が子供を識別するときなど、異なる状況で刺激を受ける細胞の位置関係を調べると、例えばオスの臭いは100種類の細胞で感知される一方、メスの臭いは34種類で感知されること、またそれぞれの細胞の局在はオスの場合反応する細胞が広く分布する一方、メスの場合同じ領域(ということはよく似た遺伝子が)それを感じていることがわかる。
同じように母親が子供を認識するときや、猫のような敵を感じるときは、少ない数の同じ領域に限局して発現するORが反応していることがわかった。
以上が結果で、MERFISHによるORマップが出来ることで、今後動物の行動に重要な臭いの分析が、組織上でできるようになり、行動学が大きく変化する予感がする。また、分化物質、モルフォゲンの濃度差で正確にORの発現を決められるとすると、モルフォゲンによるクロマチン変化の仕組みを明らかにする新しい課題が生まれたと言える。嗅覚はいつまでもおもしろい領域として続くようだ。
