マウスが我々も聞こえる音で鳴くのは間違いないが、これをコミュニケーションに使っている訳ではない。様々なコミュニケーションに使われるのは、我々には全く聞こえない高周波を用いる音声信号で、社会行動の研究には重要な指標として使われている。
今日紹介する米国コールドスプリングハーバー研究所からの論文は、我々にも聞こえる声でコミュニケーションを行うことで知られるAlston’s singing mouseの発声を支える脳機構を調べた研究で5月6日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Specific expansion of motor cortical projections in a singing mouse(singing mouseに見られる運動皮質投射の特異的拡大)」だ。
このマウスの鳴き声を記録した動画がYoutubeで配信されているのでまず聞いてからこのブログを読んでほしい。 (動画:https://www.youtube.com/shorts/PNRVqL7pe4A)。このマウスは中米亜熱帯の高山地帯に棲息し、おそらくコスタリカを旅行した時に聞くチャンスがあったと思うが、鳥のさえずりと区別できるのはよほどのプロだと思う。
この研究ではまずこの歌う能力が、元々齧歯類が持つ高周波の発声(USV)加わる形で進化してきた新しい能力である事を、様々な齧歯類を比較して確認している。マウスは音を出す能力はあるので、歌を用いてコミュニケーションする能力は、実験室で使われるマウスのような種の脳回路が変化することで生まれてきたと考えられる。
発声をコントロールしているのは口腔や顔面を動かすorofacial motor cortex(OMC)で、この神経活動をGABAで抑制すると交互に声を出すコミュニケーションが減少する。従って、OMCをコントロールしている領域に、歌う能力の進化により新しい変化が見られると予想できる。
そこでOMCの神経が投射する領域を脳全体にわたって調べ、新しい領域への投射、あるいは投射領域の大きな変化が見られるかを調べている。結果は予想に反し、実験室マウスと鳴きマウスでは全く差がないことを確認している。とすると次に考えられるのは、それぞれの領域への投射の強さになるが、これを野生マウスで調べるのは簡単でない。
そこで登場するのが、バーコードを遺伝子に組み込んだウイルスの感染で、これをOMCに感染させた後、それぞれの投射領域を取り出して、シークエンシングでバーコードの多様性を調べることで、投射の量の変化を調べることができる。こんな方法があるとは知らなかったが、単一レベルの神経細胞の投射を調べられるという点では素晴らしい方法で、特に野生動物で脳回路を詳しく調べられる重要なテクノロジーだと思う。
結果は、OMCから聴覚野、及び中脳水道周囲灰白質への投射がそれぞれ2.8倍、3.2倍上昇していた。歌はコミュニケーションに使われるので聴覚野に投射が増えるのは納得できるが、中脳水道灰白質とは素人には難しい問題だ。ただ調べてみると、この領域は疼痛に対する防御行動で有名だが、情動を伴う音の処理と発声に重要な働きを果たしているようだ。例えばこの領域を刺激すると猫の発声を誘導出来し、特に鳥類の歌には重要な働きをしているようで、十分納得できる結果だ。
以上が研究の全てで、生理学的な研究はほとんど行われていない。他にも鳴きマウスはいるようなので、生理学より脳進化の研究へ進める方がおもしろそうだ。

OMCから聴覚野、及び中脳水道周囲灰白質への投射がそれぞれ2.8倍、3.2倍上昇していた。
Imp:
中脳水道灰白質。
この領域は疼痛に対する防御行動で有名だが、情動を伴う音の処理と発声に重要な働きを果たしている。