奈良の古寺で出会う仏像の顔や衣装に異国の面影が見られるのは、仏像をまつる文化がガンダーラからシルクロードを経て中国へ、そしてそれが日本にもたらされたからだ。この西と東を結ぶのがシルクロードの天山回路で、日本人にも馴染みが深い。例えばだれもが知っている孫悟空の玄奘三蔵が命がけでたどったのがこの回路で、古代から多くの民族が交流していたと考えられる。
今日紹介する中国吉林大学からの論文は、この天山回路を形成するウイグル自治区にある東天山に散在する青銅器時代から鉄器時代の遺跡から出土した人骨のDNA解析研究で、青銅器時代からこの領域で多くの民族が交流していたことがわかる論文だ。タイトルは「Ancient DNA unveils distinctive ancestries in the Bronze and Iron Ages of East Tianshan(古代DNAは青銅器時代、鉄器時代の東天山で暮らしていた他とは違う先祖を明らかにした)」だ。
この研究では東天山11カ所の遺跡から135人の古代ゲノムを解析し、これまで解析されたゲノムと比較している。得られた135人のゲノムを現代の様々な民族の遺伝子マップに重ねると、天山回路の西と東の民族のちょうど間にクラスターを形成し、既に特別な民族を形成していることがわかる。
遺伝子構成を定量すると、東アジアゲノムと西ユーラシアとが合わさったゲノムだが、量的には東アジアゲノムが主要構成成分になっている。即ち、東アジアのゲノムの上に、西ユーラシアを中心に様々なゲノムが交雑して形成されていることがわかる。重要なことは、このゲノム構成が遺物に見られる生活様式や文化の東西交流と相関していることで、今後より詳しい交流史をゲノムから探ることが可能になると期待できる。
青銅器時代の東天山の特徴は、コアになるゲノムとは離れたゲノムが同時に存在している点で、この地域での交流が、異なる民族がゆっくり融合したというより、東アジアゲノムの上に、様々なゲノムが一過性に流入していることがわかる。
そしてこの地域での青銅器時代から鉄器時代にかけての変遷を調べると、コアとなる構造は変わっていないが、東西のゲノムの流入が進み多様化していることが明らかになった。即ち、東西交流の要衝としてのこの地域の重要性が増していく様子がゲノムからわかる。
以上が結果で、より詳しい生活様式などについての考古学と合わせて紹介されるようになると、もっとおもしろい話になると思う。特に言語に関しては、インドヨーロッパ語、チュルク語、中国語など全く別系統が交わった領域と言えるので、新しいシルクロード研究がゲノムとともに始まっていることがよくわかる論文だ。
