ガンの種類は数え切れず、またあらゆる組織に発生する。当然、それぞれのガンで発現する分子も多様だ。したがって、すべてのガンに共通に存在するマーカーを見つけて、ガンにかかっているかどうかを一般的に調べる方法の開発は難しい。比較的有効ではないかと言われているのが、ガンが活発にグルコースを取り込んでいることを利用したPET検査だが、死角も多い。ガンから血中に放出されたDNAやmiRNAを使う診断にも期待が集まっているが、特定のガンではなく、ガンがあるかどうかを診断するための方法としてはまだまだだ。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、明日から使える方法ではないが、アイデアとしては新鮮だ。論文のタイトルは「Detecting cancers through tumor-activatable minicircles that lead to a detectable blood biomarker (ガンによって活性化され血液のバイオマーカーを放出させるミニサークルによりガンを検出する)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトル中のミニサークルとは、通常のプラスミドベクターから遺伝子発現に必要な部分だけを組み替えで切り出してきた小さな環状DNAで、プラスミドベクターと違って発現が抑制されにくく、長期間安定に発現が得られる。ホスト細胞のゲノムに組み込まれないため、安全性も高い。この研究が提案する診断法は、1)サバイビン遺伝子のプロモーターで発現が誘導される胎児性アルカリフォスファターゼを組み込んだミニサークルを作成し、2)ガンを持つ個体にこのミニサークルを注射、3)血中に存在する胎児性アルカリフォスファターゼを測定する、の3段階から構成されている。なぜこれでガンがあるかどうかを診断できるかだが、まずガンの細胞死を防いでいるサバイビンのプロモーターは正常成人ではほぼ発現しないことがわかっている。p53やWntシグナルによって誘導されることから、一般的にガン特異的プロモーターと言える。このプロモーターで誘導される胎児性アルカリフォスファターゼは成人の細胞では発現がほとんどないためバイオマーカーになる。このミニサークルを全身投与すると、ガン細胞に入った遺伝子だけがアルカリフォスファターゼを作り血中に放出する。これを検出すればガンがあるかないかがわかるというわけだ。研究では、これが実際可能であることをヒトのガンを移植したマウスで確かめている。もちろんまだまだ課題はある。本当にステージI/II程度のガンを見つけることができるかなどは今後実際の患者さんで確かめる必要がある。わざわざ外来遺伝子を導入する検査は現実的かという批判もある。原理的には、正常なヒトの遺伝子しか導入しないこと、遺伝子に組み込まれないことなどから、安全性は高いと予測できる。従って、血中マーカーの測定感度を挙げれば検査として十分現実味を帯びるようだ。実際がんの診断を考えてみると、レントゲン検査、CT、PET,胃カメラなどすべて一定の侵襲を伴う。そう考えると、この検査もこれまでの血中マーカー検査とは全く違う発想の転換があり、期待できるように感じた。