脊髄損傷治療のゴールは切断された神経の再生だ。ただ、すべての外傷で始まる炎症や組織修復反応が神経再生の大きな障害になることがわかっている。従って、神経そのものの再生とともに、障害部位の周辺で起こる組織反応の抑制も重要な課題になる。例えば我が国の岡野さんたちによって示されたIL-6抑制による治療を始め、様々な方法がこのために開発されている。今日紹介するドイツ・ボンの神経変性疾患研究所からの論文は、これまでとは少し異なる方法でこの課題を解決しようとした研究だ。タイトルは「Systemic adminstration of epothilone B promotes axon regeneration after spinal cord injury (epothilone Bの全身投与は脊髄損傷後の神経再生を促進する)」だ。タイトルにあるepothilone B(エポチロン)は、細胞の微小管を安定させる作用のある抗生物質で、その作用機序から抗がん剤として利用されている。この論文では理由を示さず、この薬剤の微小管安定作用が脊髄損傷の神経再生に効果があるのではと研究が始まったことを述べている。同じ作用の薬剤と比べた時、マクロファージ刺激作用がないこと、また中枢神経系に到達できることからこの薬剤が選ばれたのだと思うが、着想の経緯がないと素人には唐突に感じる。いずれにせよ、脊髄損傷直後からこの薬剤を投与すると、微小管を安定させる効果があることを確認している。次に肝心の組織修復反応だが、フィブロネクチンやラミニンなどの間質への蓄積が著名に抑制される。一方、心配されたグリア細胞増殖阻害はほとんど見られない。次に、神経再生自体に及ぼす影響を調べるために、試験官内で線維芽細胞と神経細胞を培養すると、すぐに神経細胞の軸索形成が促進する。最後に実際の脊髄切断モデルにこの薬剤を投与すると、普通切断部位に起こる神経の退縮が抑制され、神経の再生が促進し、運動機能の障害がかなり抑制できるという結果だ。抗がん剤として使われている微小管安定剤を使ってみようというアイデア、組織反応だけでなく、神経再生も促進する効果があるという結果については評価できる。ただ、この分野ではこれまでも同じような報告が行われており、期待はずれに終わらないことを願う。これまで脊髄再生の論文を読んできて、最も印象に残ったのが昨年10月23日このホームページでも紹介したポーランドと英国の共同研究だ。この論文は1例報告だが、損傷後1年経過した患者さんの運動機能が回復したという点で画期的に思える。掲載されているレントゲンフィルムを友人の整形外科医に見てもらっても、完全な損傷で本当なら驚く結果であることを確認してくれた。今日紹介した研究は急性期が対象だが、もしポーランドからの論文が有望なら、組み合わせてさらに神経再生を促進させるような研究を進めてほしい気がする。脊髄損傷再生治療を心待ちにしているのは、損傷後時間が経った慢性期の患者さんだ。ぜひ慢性期治療の可能性の進展について、専門家の意見を聞きたいと思う。