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3月18日:古谷さんとビュフォン (Nature オンライン掲載論文)

2015年3月18日
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今日は個人的話で終わる。さて自分の研究室メンバーではなくても、学会などで出会ったりするうち長年の付き合いが生まれる人たちが何人かいる。古谷さんもそんな一人で、彼が多田富雄先生の大学院に在籍していた時代から付き合いがある。彼のキャリアの節目節目にも不思議と立ち会った。中でも彼がNüsslein Vollhardtの研究室に行くと決めるきっかけになったケルンの会議でいろんな話をしたことをよく覚えている。その後もいろんな話をしに来てくれた。最後に会ったのは、彼が英国バースに行くことを決めた時だったと思う。今日紹介する論文はバースの古谷さんからの論文で、彼がドイツに渡ってから一貫して進めてきた仕事が凝縮している感慨を覚えた。タイトルは「YAP is essential for tissue tension to ensure vertebrate 3D body shape (YAPは脊椎動物の3次元形態を維持するための組織張力に必須)」で、Natureオンライン版に掲載された。ドイツに渡ってからの古谷さんは、一貫して無作為に突然変異体を誘導し、変異が起こった遺伝子を特定する研究スタイルを保持している。今でも覚えているが、「変異体を選ぶ時PhDの人たちは「美しい」突然変異を選びがちだが、自分はMDなので「醜い」突然変異を研究したい」と言っていた。今回選んだメダカの変異体は上下にひしゃげた醜い魚で、hirameと名付けている。この形態の原因を調べていくうち、ひしゃげるのは必ず重力方向で、魚の胚を横に寝かせて維持すると今度はひしゃげ方が変化することを発見している。重力が形態形成に影響し、私たちの細胞はそれに対処していることの証明だ。あとは常法に基づいて、変異した遺伝子を探索し、YAPと呼ばれる、今ガンや発生研究でもっとも流行っている転写因子を特定している。論文では様々な解析が示されているが、まとめてしまうとこのYAPは、下流で働く複数のRhoGTPase活性化分子を介して細胞骨格のアクトミオシン系の緊張を維持するのに必須の分子で、この分子の機能異常はこの緊張を低下させるため、細胞外マトリックスの形成異常や、マトリックスと細胞の接着異常がおこり細胞の重層構造がうまく作れず、結果重力に対して形態を維持することができなくなるという結果だ。ガン研究の分野では、YAPは細胞増殖や細胞死抑制に重要な分子として研究が進んでいるが、古谷さんたちは少なくともメダカに関してはこの細胞増殖に関わるのはYAPではなく、親戚の転写因子TAZで、YAPは細胞骨格調節を調節していることを示している。もちろん細胞骨格はガン研究にとっても重要で、おそらく今回の研究結果はガンについても再検討されるだろう。論文はわかりやすく書けており読んで面白い。彼自身も、オーソドックスな遺伝学からシナリオを書きあげるという点では満足できる仕事ができて喜んでいるだろうと推察する。もし隠居老人の私が何か加えるとしたら、18世紀、フランスを中心にニュートンの引力を形態形成原理として使おうとした人たちがいたという歴史の話だろう。その中心は有名なジョルジュ・ビュフォンだが、21世紀古谷さんたちは確かに引力も形態形成に関わる力であることを証明したと持ち上げたい(この辺りは今私が訳しているJeniffer Menschさんの「Kant’s Organicism」に詳しい)。いずれにせよ、古谷さんの顔が浮かんでくる論文だった。

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