ScienceやNatureに論文を載せるのは簡単なことではないが、難関の一つが、エディターを十分惹きつけるトピックス性を論文が持つことを示すことだ。このことから、これらの雑誌は学術誌ではなく一般向けの雑誌だと批判的に語られることがよくある。しかしこれを裏返して考えると、編集者が社会の問題を認識して、科学者に媒介する役目、まさにメディアとしての役目を果たせることを意味する。特に昨年から、このメディア機能を発揮しようとする意思をこれらの科学雑誌に感じる。例えばこのホームページでも紹介したが、Natureは人工甘味料が逆に肥満を招くことや、最近では乳化剤が腸内細菌叢を変化させ、慢性炎症を招くという論文を掲載している。前者の方は科学的には些か問題を感じる論文だが、それでも自分のゲノムとの関係だけで捉えていたのでは食の安全性は保証できないなら、科学者は新しい課題にもっと取り組んでほしいという強いメッセージがこもっているように思える。またScienceは昨年5月に格差問題を特集し、これが科学の重要な課題だと強く呼びかけた。今話題の、トマ・ピケが巻頭総説を書いたのも象徴的だった。この延長が今日紹介するニューヨーク大学から3月27日号のScienceに発表された論文で、児童虐待問題を扱っている。タイトルは「Intergenerational transmission of child abuse and neglect: real or detection bias(児童虐待や育児放棄は世代を超えて伝わるという仮説の検証:事実か調査法のバイアスか)」だ。この研究課題は、児童虐待を受けた子供は、自分の子供に対して今度は児童虐待する可能性が高いというこれまで言われていた仮説を検証することだ。これまでももちろんこのような調査はあった。ただ、今回の研究は1967−1971年公的機関に児童虐待としての記録のある900人を超す対象を選び、これを1989年からインタビューを始め、その後次の世代が生まれた後、今度は本人とその子供についてインタビューや児童保護局の記録を調べるという、30年近い徹底した前向き調査を続けた点が重要だ。しかも、公的記録だけに頼るのではなく、インタビューを丹念に繰り返し、この仮説を検証している。特に、子供世代に直接インタビューしているのも重要な点だ。実際、自分が虐待されたことは語っても、虐待していることは語りにくい。そのため、子供世代のインタビューと、児童保護局のデータの両方を集め結論を出している点が重要だ。さて結果だが、児童虐待を受けた子供は、自分の子供に対して虐待する確率が高いようだ。面白いことに、育児放棄や性的虐待についてはこの傾向ははっきりしているが、暴力による虐待は伝わらないようだ。今後の施策からも重要な指摘だと思う。読んでみると、もちろん様々な問題がある論文だ。特に、児童保護局に記録されたケースだけを調べており、社会階層としては貧困家庭の調査と言える。したがって、心理的な遺伝性があるのかは、中産階級などについても調査をする必要があるだろう。しかし、Scienceの編集者の社会問題に科学で立ち向かうべきという意思を示すのには十分な論文を掲載したと思う。専門知識を誰もが理解するよう伝えるだけがメディアの役割ではない。社会の課題を科学者や、科学を志す人たちに伝えることもメディアの役割だ。残念ながら、我が国の科学メディアは未熟で、結局政府しか社会と科学を媒介するセクターはない。しかも、この点について政府の限界がはっきりしている以上、新しい科学メディアの創生が必要だ。