試験管内で受精させてから着床させる試験管ベービーの技術がわが国で急速に普及を始めたのはちょうど20世紀から21世紀にかかる頃だが、2000年に体外受精で発生する胚の実に7割以上に染色体数の異常が存在するという論文がでて、問題になったことがある。当時、ヒトクローン技術規制法案が発布され、ヒトES細胞の作成を巡る議論が佳境に入っていた時で、私も調べた覚えがある。この染色体数異常が生殖補助医療の成功率が低い原因であることは間違いがなく、この問題を解決できれば生殖補助医療の成功率はさらに上昇するだろう。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は試験管内で起こる胚発生時の染色体数異常発生率と相関する遺伝子座を探る研究でScienceオンライン版に掲載された。この研究では受精後3日後に遺伝子診断目的で採取される胚の細胞を用い、その染色体数異常と、インフォームドコンセントで得られた両親のゲノムを調べ、異常と相関する一塩基多型(SNP)を調べている。この研究に参加してくれた母親、父親はそれぞれ2360人で、今更ながらこの技術と同時に、着床前診断がアメリカで普及していることを実感する。詳細は全て省くが、この研究で受精後3日までの染色体数異常と相関するとして母親側の遺伝子に見つかった1つのSNPがrs2305957で、この遺伝子領域を調べると、PLK4遺伝子が存在することが分かった。この分子は、中心体に存在して有糸分裂を調節しており、この異常を説明するのにうってつけの遺伝子が特定されたことになる。このSNPにはAA,GA,GGの3タイプ存在するが、AAタイプの母親からの胚では、染色体数異常率が2倍程度高い。これらの結果から著者たちは、このSNPの結果PLK4分子の発現量の小さな変化が生じ、その結果染色の分配に乱れが生じ、胚の染色体数の異常につながると推察している。また、この染色体数に異常のない胚を選んで着床させることで、妊娠率は大幅に改善するだろうと予想している。CGH法などで染色体を調べるときコストがどのぐらいかかるかわからないが、生殖補助医療が目指す重要な方向の一つとなるだろう。不妊治療としての情報としてはこれが全てだが、最後に面白いデータを付け加えている。すなわちこの染色体異常と相関する遺伝子タイプの起源を調べ、なんとネアンデルタールやデニソーバ人にはなく、私たちの先祖が分離してから新たに獲得されて現在まで維持されていることを示している。ちょっと考えると、異常が起こりやすい遺伝子座が維持されていることは不思議に思える。しかし、この異常はあくまでも体外受精という自然ではあり得ない状況での異常だ。このことから、著者らはこの遺伝子座を持つことで、逆に染色体数異常が起こった胚を流産できるようになり、種としての進化優位性を獲得したのではないかと推論している。逆に言うと、ネアンデルタールはこの選択機構を持たなかったことで絶滅したのかもしれない。なかなか面白いシナリオだ。