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4月30日:思いもかけない癌治療標的(Natureオンライン版掲載論文)

2015年4月30日
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細胞の異常増殖が始まると、それを抑える仕組みを私たちの細胞は何重にも持っている。このため増殖促進だけではガンは発生せず、異常増殖を抑制する仕組みが失われてはじめてガン化が始まる。このような遺伝子はガン抑制遺伝子と呼ばれ、ガンのゲノムを調べると抑制遺伝子のどれかが不活化されていることが知られている。この代表がp53分子で、半分近くの腫瘍でp53遺伝子が不活化されている。当然失われたp53の遺伝子を導入しガンの増殖を止めようとする試みが行われてきたが、まだ大きな成果は出ていない。今日紹介するテキサスMDアンダーソンからの論文は、皆が注目していたp53の陰に隠れていた新しいガン治療標的を特定した新しい発想の研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「TP53 loss creates therapeutic vulnerability in colorectal cancer (TP53喪失が直腸癌の治療の弱点を発生させる)」だ。なぜこの可能性を思いついたのかはっきりとしないが、著者らは発ガン過程でp53遺伝子領域が欠損する時、同時に近くにある生命に必須の遺伝子も道連れになり、結果がん細胞の弱点が生まれるのではないかと思いついた。まずガンゲノムのデータベースを調べたところ、期待通りp53遺伝子の欠損は、ほとんどの場合その周辺の大きな領域にわたる欠損を伴っており、たまたまp53遺伝子近くに存在する転写に必須のRNAポリメラーゼの構成成分POLR2A遺伝子も道連れになっていることを突き止めた。もちろんPOLR2Aを完全に失うと細胞は生きていけないため、ガン細胞といえどももう一方の染色体は正常だ。ただ、POLR2A遺伝子発現量は遺伝子の数を反映し半減している。次に、POLR2A発現量が半分になっていることを弱点として利用できないか調べるため、ポリメラーゼ機能を阻害するαアマニチンを様々な濃度で加えると、片方の染色体でPOLR2A欠損した細胞は正常細胞と比べて10分の1の濃度で死ぬことがわかった。すなわち、POLR2A遺伝子量が半減したため、少しの量の阻害剤でも殺せる。試験管内の実験でこの弱点を確認したあと、ではこの着想が臨床に応用可能か調べるために、POLR2A遺伝子を半分欠損したガン細胞を免疫不全マウスに移植、増殖させたあと、αアマニチンで治療可能か前臨床実験を行っている。この時問題になるのが、αアマニチンが特に強い肝毒性を持っていることだ。転写全般を抑制する作用機序から考えて当然で、実際αアマニチンはテングタケのようなキノコが作る典型的毒素だ。従って本来の致死量よりずっと低い濃度で使う必要があるが、濃度が低すぎるとガン細胞にも効かなくなる。著者らはこの問題を、ガン表面に発現している抗原EpCAMに対する抗体にαアマニチンを結合させ、ガンだけに集まるようにして解決した。論文では、体全体にはほとんど影響のない濃度で、片方のPOLR2A遺伝子を喪失したガン細胞を除去できることを示している。結果はこれだけだが、1)p53遺伝子が欠損する際、他の重要な遺伝子が道連れになっているのではと考えたこと、2)発現が50%減っただけの分子も標的になるのではと考えたことが、この論文の全てだろう。少し出来すぎだと疑いたい気持ちもあるが、ガン治療に新しい可能性を開いたことは確かだ。臨床応用がスムースに進むことを期待したい。

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