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5月:空腹の記憶(Natureオンライン版掲載論文)

2015年5月3日
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喜んでダイエットに挑戦する人たちはともかく、私たちは空腹を不快と感じ、不快な空腹をもたらす条件を記憶に残し、次にはなるべく避けようとする。このような空腹の感覚は視床に存在するAgouti-related peptide (AGRP)を分泌する神経細胞の興奮と相関することがわかっている。今日紹介するバージニアのハワードヒューズ医学研究所からの論文は、マウスモデルを用いて、このAGRP神経細胞を刺激した時、空腹を感じるだけでなく、その状況についての記憶を促進する刺激としても働いているかどうかを調べた論文で、Natureオンンライン版に掲載された。タイトルは「Neurons for hunger and thirst transmit a negative-valence teaching signal (空腹や渇きに関わる神経は負の経験としてシグナルを送ることができる)」だ。この論文ではまず、匂いだけが違っている2種類の食べ物を自由に食べさせる条件で、光遺伝学を用いて片方の匂いとAGRPニューロンの刺激を結合させると、その匂いの食べ物が避けられることを確認し、AGRPニューロンの刺激で空腹感を与えると、その時の匂いを忌避すべき条件として記憶することを示している。次に逆の実験を行っている。即ち、こAGRPニューロンの興奮を阻害できるように遺伝子操作したマウスを、食べ物を与えず空腹感を感じる条件に置き、即ち普通ならAGRPニューロンが活性化される条件で、AGRPニューロンの興奮を阻害するとともに、同じ匂いを経験させる。すると今度は阻害により空腹が去ったと勘違いし、ニューロン興奮を阻害した時嗅いだ匂いを好むようになる。これらの結果は、1)空腹の起こった条件は記憶される、2)この空腹感はAGRPニューロンの刺激の度合いで決まる、ことを明らかにした。この条件は決して嗅覚で感じる条件に限るものではなく、空腹を経験した(AGRPニューロンが興奮した)場所も記憶として残る。おそらくこのような記憶は動物が食物を探す時重要な役割を果たすだろう。最後に他の条件反射との関連を調べるため、レバーを押すと食べ物が得られることを教えたマウスのAGRPニューロンを刺激すると、レバーを押す回数が減ることを示している。即ち、レバーを押して食物を得たとしても,AGRPニューロンが刺激されると空腹感が残るため、レバーを押して食物を得る行動に熱が入らなくなるということだ。さて、行動学的解析についての解釈が正しいとすると、食物を摂取することで、空腹によるAGRPニューロンの興奮が消失するはずだ。これを調べるため、AGRPニューロンの興奮を生きたままモニターできるように細工したマウスを使って確かめている。結果は予想通りで、空腹時におこるAGRPニューロンの興奮は、接触行為自体ではなく、栄養を摂取した時だけ抑制されることを示している。そして最後の仕上げとして、同じ記憶を渇きで興奮する神経の刺激でも誘導されることも示して論文は終わっている。空腹をなるべく経験しないように、動物にとって必須の脳機能を明らかにした重要な研究だ。このように、光遺伝学や、化学物質を使って特定のニューロンを刺激したり、抑制する実験が可能になり、これまで明らかになっていなかった様々な行動の背景にある神経ネットワークがどんどん明らかにされていく。しかし対象とする行動だけ変えて、同じパターンの研究が続くとすこし飽きが来る。このブームの次に何が来るのか。より複雑化した行動へ挑戦していくのか、霊長類などより人間に近い動物へと移っていくのか?素人の私から見ると、人間にしか見られない性質が細胞レベルで語れるようになるのは、まだ新しいブレークスルーが必要な気がする。それまで生きていられるか、すこし不安だ。

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