5月28日:膵臓癌転移のバイオマーカー(6月4日号Cell掲載論文)
2015年5月28日
言うまでもなく、膵臓癌の予後を決めているのはその転移性だ。膵臓癌で亡くなった私の友人たちも、発見されたときにはリンパ節は言うに及ばず、多くが肝臓転移を伴っていた。原発巣が小さいときから転移が早い癌の転移メカニズム研究には、できるだけヒトに近い動物モデルが必要だ。膵臓癌については、膵臓だけにヒトと同じ様々な発がんに関わる変異を導入したマウスが存在する。今日紹介するフレッド・ハッチンソン癌研究センターからの論文は、このモデルを使って転移しやすい膵臓癌のバイオマーカーを探索した研究で、6月4日号のCellに掲載された。タイトルは「Runx3 controls a metastatic switch in pancreastic ductal adenocarcinoma (Runx3は膵管腺癌の転移性スイッチをコントロールする)」だ。研究自体は地道な積み重ね型研究で、驚くようなアイデアがあるわけではない。ただ、実際の膵臓癌を常に念頭に置いて研究を進めていることがよくわかる研究だ。研究ではヒトの膵臓癌に見られる様々な遺伝子変異を導入し、転移を早める遺伝子変化を探索し、Dpc/smad4遺伝子が片方の染色体で欠損したとき転移性が上昇することを突き止める。この変化がヒトのガンでも見られることを確認し、次にDpc変異の影響がどの分子を介して転移性の変化につながるのか調べ、Runx3と呼ばれるruntドメインを持った転写因子が転移性を調節していることを突き止める。マウスモデル、ヒトの膵臓癌のRunx3の発現を変化させこの分子発現の影響を調べると、転移性が上昇るす一方、発現自体は細胞増殖を抑える方向に働くことがわかる。この結果から、膵臓癌発がん過程でp53遺伝子に変異が入るとRunx3が上昇し細胞の増殖を抑える方向に働くが、これが同時に転移性を上昇させる細胞変化を誘導し、原発巣が小さくても転移性が高くなるという結論を導いている。最後にこの仮説に立って人間の膵臓癌を調べたところ、Runx3が高いガンでは50%生存率で約1年の差があることを示している。この研究ではさらに進んで、化学療法と、局所放射線照射の併用療法の効果を調べ、Runx3の低いガンは、併用により高い効果が得られることを示したうえで、Runx3,DPC4をバイオマーカーとして用いることで、手術、放射線、化学療法の組み合わせを選択できる可能性を示している。これまでプレシジョンメディシンについては個人用の治療ばかりを紹介してきたが、このようにモデル研究と臨床例を丹念に対応させることで、それぞれのガンに合わせた治療を設計することが可能であることがよくわかる。その意味で、目的のはっきりした好感の持てる研究だ。もちろん、次はこの仮説を実際に治療に生かしたとき、もっと多くの膵臓癌の患者さんが助かるかどうか、臨床側で調べる番だ。期待したい。