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5月29日:1世紀の謎が解けた?(5月27日号Journal of Clinical Investigation掲載論文)

2015年5月29日
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片方の腎臓を手術で除去すると、もう片方が代償的に肥大することは私も習ったし、実際には100年以上前から知られていたようだ。実験的研究も盛んに行われたようで、腎切除した動物を2匹用意し、それぞれ腎切除により片方の腎臓を肥大させた後、肥大した腎臓をもう一匹に移植するといった凝った実験まで行われ、ドナーの腎臓も、ホストの腎臓も共に小さくなるという結果が報告されている。すなわち、左右の腎臓は直接つながっていなくても、互いのコミュニケーションをとっており、互いの大きさを一定に保っている。残念ながら、この不思議な現象のメカニズム、特に何が両方の腎臓のコミュニケーションの媒体になっているのかなどは、謎のまま現在に至っている。今日紹介するジョージア医大からの論文はこの1世紀にわたる謎が解けたと主張する論文で、Journal of Clinical Investigation5月27日号に掲載された。タイトルは「Phosphatidylinositol 3 kinase signaling determines kidney size(フォスファチジルイノシトール3キナーゼ(PI3K)シグナルが腎臓のサイズを決める)」だ。この研究の発端はPTENと呼ばれるシグナル分子を腎臓の尿細管で欠損させたマウスの腎臓が肥大しているという結果から始まっている。この結果は、細胞のシグナル伝達に詳しい人なら、「なるほどな」と納得するはずだ。PTENは様々なシグナル伝達経路と関わる重要な分子で、細胞増殖を抑制してガンを抑える働きがあり、研究も進んでいる。実際、マウスの尿細管細胞特異的に緩やかな増殖亢進が起こる結果腎肥大が起こるが、ガンにはならない。このシグナルをたどっていくと、PTENが抑制的に働く最もオーソドックスな経路、チロシンキナーゼ受容体からフォスフォイノシトールのリン酸化を経てAKT分子の活性化する経路を抑制している。なぜこの抑制が腎肥大を誘導するかについては、mTOR分子を介したタンパク合成など代謝を上昇させるためと考えている。次に、PTENを欠損したマウスで、腎切除後残った腎臓肥大にどのような影響が出るか調べたところ、肥大はさらに進むが、このシグナル自体にはPTENが直接関わらないという結果を得ている。事実PTENだけを欠損させた場合と異なり、腎切除による肥大では糸球体の肥大も誘導される。もともと調べたいPTENとは関係なかったものの、細胞を増殖させる最終のエフェクター分子がわかっていることから、腎切除がどのような信号をもう一方の腎臓に送るのかを追求し、腎血流が上昇することで残った腎臓に多くのアミノ酸が提供され、これがPI3Kの異なるシグナル経路を通して最終エフェクターmTOR活性化を誘導することを示している。実際、腎切除により残った腎臓には2倍以上のアミノ酸が入っており、シグナルの活性化も示され現象的には一応納得できる。気になるのはPTENとは無関係なら、このシナリオで普通のマウスで起こる腎肥大を止められるか調べられていない点だ。というのも、これまで100年も放置された課題だ。一旦解決したと皆が思うと、次の100年誰も手をつけなくなる恐れがある。とはいえ、私自身は半分以上納得した。

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