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6月11日:Chromothripsis(染色体破砕)(6月11日号Nature掲載論文)

2015年6月11日
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この歳になっても、ほとんど聞いたことのない用語が細胞形態学には多く存在する。Chromothripsisもどこかで聞いていたかもしれないが、この論文を見た時もなんのことか全くわからなかった。調べてみると、日本語版のWikipediaにも「悪性腫瘍や先天性疾患で、限られた染色体で膨大な数の崩壊と再編成が起こること」と記載されており、特に最近CellやNature Reviewなどに立て続けに総説が出ていた。Chromothripsisを単純化して説明すると、少数(通常一本)の染色体だけで染色体の崩壊や再構成が起こる現象だ。普通細胞死に伴って核が崩壊する時は全ての染色体が分解する。なぜ崩壊が少数の染色体に限定され、もう一方の対立染色体を含め他の染色体には崩壊が起こらないのか不思議だ。今日紹介するボストン・ダナファーバー癌研究所からの論文は、この不思議な現象のメカニズムをうまく説明した研究で6月11日号のNatureに掲載された。タイトルは「Chromothripsis from DNA damage in micronuclei(小核形成により誘導されるDNA損傷が染色体破砕を起こす)」だ。この研究では、分裂時に、1−2本の染色体が核外に取り残されて小核を形成することが染色体破砕の原因になっているという仮説を立て、この可能性を検証している。といっても熟練と最新の技術が必要な研究だ。まずこの仮説を証明するためには、小核が形成された細胞を特定して、その細胞のゲノムを調べることが必要になる。また、どの染色体が核外に取り残されるのかは決まっているわけではないので、小核ができているからといって細胞を集めてゲノムを調べたのでは、Chromothripsisが起こっていることはわかっても、この仮説は証明できない。すなわち個々の細胞のゲノムを別々に調べないと、少数の染色体だけに異常が起こっていることを示すことはできない。着想を得てからも、実現にはずいぶん準備が必要だっただろうと思う。研究では、まず小核が形成されただけではDNA損傷は発生せず、次の分裂が始まってS期が始まると損傷が進むことを観察している。この結果から、小核の形成された細胞を特定した後、それが次の分裂を終えた時点で2個の娘細胞を別々に分離し、そのゲノムをmultistrand displacement amplificationという方法で増幅し解読している。結果は予想通りで、小核が形成された細胞だけが染色体再構成を一部の染色体で起こす。すなわち染色体の一部が核外に取り残されたあと、次の分裂で全体に統合されていく過程でDNA障害が起こる。この時染色体内で起こった再構成の種類と数を調べると、離れた部分同士の組み替えが染色体全体で起こっていることがわかる。また、2本の染色体が核外に残され小核を作った場合は、染色体間でも組み替えが起こっているのが観察できる。すなわち、小核に取り残された染色体だけにDNA損傷が起こり、それを修復することで大規模な組み替えが起こっていることが明らかになった。最後に、染色体が次のサイクルで娘細胞に分配される時、通常なら同じ染色体がそれぞれの細胞に分配されなくてはならないのに、小核を形成した染色体は部分部分がバラバラに分解し、それぞれの部分は片方の娘細胞だけに分配されて再構成されるため、両方の娘細胞を比べると、同じ染色体の違う部分が交互に分配されるchromothripsisに特徴的な変化が見られることを明らかにしている。現役時代ならおそらく読まなかったマニアックな論文だが、説得力は十分で、勉強した気分になる論文だった。

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