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6月15日:血液幹細胞の活性を維持する採取法(6月18日号Cell掲載論文)

2015年6月15日
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もともと地球上には酸素はなかった。そこに光合成を行う生物が現れ、炭酸ガスから酸素を作り出す。しかし酸素の持つ酸化活性は細胞にとって毒性を持つ。その意味で、光合成を獲得した生物が酸素を作り始めたときは、隣の生物にとってパニックだっただろう。酸素のない環境へ逃避するか、酸素を積極的に使った新しい仕組みを獲得するかどちらかしか選択肢はない。私たちの細胞内にあるミトコンドリアはこの毒性のある酸化反応をATPエネルギーに変えることができるようになった細菌が細胞内に取り込まれた小器官で、このおかげで私たちは20%と言う高い酸素濃度の中で活動する、酸素なしでは生きられない生物に変わった。とはいえ酸化ストレスは今でも危険なままで、私たちの体を常に蝕んでいる。このため、大事な細胞中には酸素濃度の低い場所でじっとしているものが存在する。こんなことは、生物学者なら誰でも頭に入っている。しかし、生物学者も実際の実験になるとそんなことは忘れて、ほとんどの場合細胞の処理はもっぱら大気中で行う。この不注意をただし、酸素は危険ですよと再認識させてくれるのが今日紹介するインディアナ大学からの研究で6月18日号のCellに掲載された。タイトルは「Enhancing hematopoietic stem cell transplantation efficacy by mitigating oxygen shock (酸素ショックを和らげることで血液幹細胞移植の効率を高める)」だ。幹細胞がより原始的な解糖系に強く依存し、ミトコンドリアを使った酸素呼吸を抑制していることはよく研究されていた。しかしこれらの研究が幹細胞採取の方法に反映されることはなかった。私たちもマウスやヒトの血液幹細胞を研究していたが、頭でわかっていても採取にあたって面倒臭い低酸素条件を用いることはなかった。このわかっていても誰もが無視したことを誠実に行ったのがこの研究の成功の秘訣だ。まずマウスの骨髄幹細胞採取を酸素3%の低酸素状態と、大気中で行い、骨髄移植効率を比べている。予想以上の効果で、低酸素で採取したほうが5倍多い幹細胞が採取できることを示した。一方、幹細胞の試験管内増殖には正常の酸素濃度が必要だ。すなわち、活動には酸素を使い、じっと骨髄で休んでいるときは酸素を避けて生きている。この幹細胞の生活に合わせて採取すればなんと5倍の細胞が得られる。この結果はそのままヒトの臍帯血中の幹細胞採取にも利用でき、これまで幹細胞が少なすぎるとして廃棄せざるを得なかった臍帯血を使うことができるようにする臨床的には極めて重要な発見だ。もちろん低酸素条件を再現するには設備が必要で、気軽に利用するのは難しい。この問題に答えるため、この現象の背景にある分子メカニズムを突き止め、低酸素状態から急に酸素にさらされて起こるミトコンドリアショックがその原因で、これを免疫抑制剤として使っているサイクロスポリン(CSA)が抑えることを発見した。ミトコンドリアショックには免疫抑制に関わるカルシニューリン経路は関係なく、この経路の中心分子CypDに直接結合してショックを抑えていることも示している。このおかげで、臍帯血にサイクロスポリンをすぐに加えて幹細胞を採取すると、幹細胞の収率が低酸素条件に匹敵するぐらい上昇することを示している。さらにこのショックに関わる分子を探索し、p53、HIF, microRNA210などとの関係を示しているが紹介する必要はないだろう。「幹細胞採取にはサイクロスポリンを使え」という指示がこの研究のハイライトだ。繰り返すが、頭でわかっていることを誠実に行うことがいかにできないかを思い知る論文だった。

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