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6月23日:重体患者さんを対象とする治験(6月18日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2015年6月23日
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確立した医療のプロトコルを変更するには治験と言う科学的研究が必要になる。しかし、事故などで集中治療室に運ばれてくるような重症患者さんに対しては、個別の症状に合わせた処置が優先され、生命維持など基本的な対応については決まったプロトコルに従うのが普通だ。このため、集中治療室で行われる生命維持に関するプロトコルを見直すのはそう簡単でない。今日紹介するカナダとサウジアラビア合同チーム(不思議な取り合わせだ)からの論文は、決まった基準で重症と判断された患者さんに必要なカロリーを調べた研究で6月18日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Permissive underfeeding or standard enteral feeding in critically ill adults (重体成人患者さんに対する経腸栄養時の低栄養あるいは基準栄養の比較)」だ。このタイトルを見たとき、「ここまでやるのか?」と、重体患者に必要な栄養を調べる治験が行われていること自体に驚いた。ほとんどの患者さんでは人工呼吸器がつけられ、半分以上が昇圧剤によって血圧が維持されている。残念ながら、原因は様々で外傷、脳挫傷、卒中などの内科疾患まで多様だが、確実に重体の患者さんをなんと894人もリクルートしている。調べる項目は、重体患者さんの経腸栄養を行うときのカロリー量で、基準値と、基準値の40−60%の低カロリーを比べている。タンパク量は一定にして、たんぱく質からのカロリーも含む全カロリーを厳密に計算し、患者さんの体重に合わせて投与している。このため、二重盲検法は使えないが、患者さんの選択は無作為化している。普通栄養など足りなければよしと思ってしまうが、重体患者での高カロリーに問題があるかもしれないと疑いを持ったのだろう、ここまで大変な治験を計画し、5年をかけて結果を得ている。さて結果はというと、28日、90日、180日で見たときの両グループの死亡率は全く差がない。また、回復したケースでは集中治療室滞在期間、入院期間とも変化なしという結果だ。摂取カロリーは半分に落としてもいいという結果になる。ただ、意地悪く言えば骨折り損のくたびれもうけだ。実際どちらでもいいとなると、わざわざ低栄養へと基準を変えるのは難しいだろう。しかし、40%の低カロリーまで下げみて差がなかったことで、さらに低い状態や、逆に高カロリーを調べてみようという研究が生まれる気がする。おそらく我が国の病院にこのような治験を行う余力はないだろう。しかし、標準プロトコルを変えようとするとここまでやる科学的治験が必要だ。驚くとともに、頭が下がった。

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