7月10日:乳ガン増殖を抑えるプロゲステロン受容体(Natureオンライン版掲載論文)
2015年7月10日
乳ガンの悪性度を測るとき、今一番頼りになる指標がエストロゲン(女性ホルモン)受容体(ERα)、プロゲステロン(黄体ホルモン)受容体(PR)、そして受容体型チロシンキナーゼHER2の3種類の分子の発現だ。例えば最も予後がいい乳ガンはERα陽性PR陽性HER2陰性のタイプだ。この3種類の分子のうち、ERαとHER2は正常の乳腺にとって必須の増殖シグナルで、これが乳ガンでも働いているということは、ガンになっても正常乳腺と同じ増殖因子を必要としていることを意味する。従って、エストロゲンの阻害剤タモキシフェンや、HER2に対する抗体が乳ガンの増殖を抑える可能性が高く治療がしやすい。一方、3種類の分子の発現が見られないトリプルネガティブと呼ばれる乳ガンは、全く異なる分子メカニズムを増殖に使っており治療が難しいと説明されている。しかしこの説明ではPRの役割は見えてこない。実を言うと、なぜPR陽性のガンが陰性のガンに比べてたちがいいのかよくわかっていなかった。今日紹介するケンブリッジ大学からの論文はこの長年の疑問に答えた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Progesterone receptor modulates ERα action in breast cancer (プロゲステロン受容体は乳ガンでのエストロゲン受容体αの作用を変調させる)」だ。ERαとPRはともに核内受容体と呼ばれ、エストロゲン、プロゲステロンと結合して核内に移行、DNAに結合して様々な遺伝子の発現を誘導する分子だ。このグループはプロゲステロンの作用でPRがERαと直接結合するのではと考えSILAC(http://aasj.jp/date/2013/12/08参照)という同位元素を用いた方法でこれを調べ、乳ガン細胞にプロゲステロンを加えるとERαに結合する様々な分子複合体の中にPRが加わることを確認した。次にこの複合体がゲノムのどの領域に結合するかをChip-seqと呼ばれる方法で調べ、PRと複合体を作ることで、通常のERα結合領域に加えて、本来PRが結合している15000箇所にERαが結合するようになることをつきとめた。この新しく活性化される遺伝子には細胞死や細胞分化に関わる分子が多く、プロゲステロンが細胞増殖を抑制すること合致している。この時、ERαに結合しているFoxA1がパイロット因子(http://aasj.jp/news/watch/3300参照)として転写因子の近づきにくい閉じた領域にも複合体が作用できるように働き、普通の乳腺なら働かない細胞死や分化の遺伝子が発現するという結果だ。次に乳ガン細胞株や切除したばかりの乳ガン細胞にプロゲステロンを添加すると、ガンの増殖が抑制され、タモキシフェンでERαの機能を抑制している場合もプロゲステロンは高いガン抑制効果を持つことを示し、プロゲステロンを乳ガンにもっと積極的に使っていいのではないかと示唆している。最後に、実際のガンのPR遺伝子を調べ、PR陽性でも多くのケースで片方の遺伝子が失われていること、また遺伝子の量が半分になることで予後が悪くなることを示し、ガンにとってPRは確かに邪魔者で、PRの発現だけでなくその量を調べることの重要性も示している。まとめると、プロゲステロンによりPRが核内に移行してERαと結合することで、ERαの周りに集まった様々な転写因子をPR結合部位に再分配し、活性化することでガンの増殖が抑制されるという結果だ。タモキシフェンの結合したERαは核内に移行し複合体を作っているので、PRと複合体を作った後細胞増殖を抑制する効果は特に阻害されていない。従って、タモキシフェンとプロゲステロンの併用はより強い効果があるのも納得できる。長年の臨床的疑問に答えた素晴らしい研究だと思う。これまでメカニズムがわからないためとためらわれていたプロゲステロンも再発例にはもっと積極的に使われるのではと思う。
ERa P R共に陽性HER2+3この場合の治療方法は手術リンパ全摘出抗癌剤治療4クール放射線治療終了
エストロゲンプロゲステロン共に陽性HER2+3乳房リンパ節手術全摘出抗癌剤4クール放射線治療終了