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7月16日:小細胞性肺がんのゲノム(Natureオンライン版掲載論文)

2015年7月16日
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卒業後、胸部内科を選んだので多くの肺がん患者さんを診ることになったが、やはり小細胞性肺がんの印象が最も強かった。当時は今ほど化学療法は進んでいなかったが、それでも最初は放射線と化学療法がよく効いてガンの大きさが著しく縮小する。しかし喜びは長く持たない。必ず再発し、治療とイタチごっこを繰り返しているうちに、医師は全く無力であることを思い知る。当時は、まだ告知が当たり前でない時代で、状況をどう説明していいのか途方にくれたのを思い出す。今日紹介するケルン大学、スタンフォード大学を中心とする国際コンソーシアムからの論文は小細胞性肺ガンのゲノムの徹底的研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Comprehensive genomic profiles of small cell lung cancer (小細胞性肺ガンの包括的ゲノムプロファイル)」だ。もちろん我が国からも研究に参加しているが、ファンディングには我が国の記述がなく、日本のガンゲノム研究がそれほど助成を受けていないのがわかる。さて、行われたゲノム解析は徹底的で、110人のガンについて全ゲノム解析をするとともに、81人については遺伝子発現の網羅的解析、さらに142人には全ゲノムレベルのSNP解析を行っている。さらに、臨床データをマウスモデルで確かめる実験研究も行っている。ドイツ的な完璧主義を彷彿とさせる研究だ。データは膨大で、詳細は全て省く。意外に思った点や読後感を述べておこう。まずこのガンでは遺伝子変異が異常に多い。普通肺ガンの場合、変異の数は喫煙と相関しているのだが、小細胞性肺ガンの場合相関が見られない。これが正しければ、最初から遺伝子の不安定性がこのガンで起こっている可能性がある。この結果として、Mycなどのガン遺伝子の増幅が起こっているのだろう。私は勝手に小細胞性肺ガンはMycLの増幅と思っていたが、Myc, MycNでもしばしば増幅が見られるようだ。この論文ではp73遺伝子について変異の起こり方を詳しく調べているが、確かに多様な変異が起こっており、全般的に遺伝子が不安定であることが感じられる。もう一つの特徴は、メジャーなガン抑制遺伝子が軒並み欠損しているいることだ。P53やRb1に至ってはほぼ100%といっていい。Mycが発現して細胞周期のチェックポイントが効かないとすると、確かに化学療法や放射線が効くのも納得できる。問題はなぜこれほど再発率が高いかだ。残念ながら、この論文はこれには答えていない。動原体構成成分や、RNAプロセッシングに関わる分子は調べれば面白いかもしれないが、おそらく変異が多すぎて、絞り込むのが大変なのだろう。NOTCHと呼ばれる遺伝子のガン抑制機能を抽出して詳しく調べたデータを示していても、新しい光がさしたという読後感はない。薬剤がすでに開発されている標的分子KIT, RAF, PTENなどについても記載しているが、多くの患者さんはカバーできていない。もちろん少ない数でも、ぜひその効果を試して欲しいと思う。結局、これまで通り比較的多くの患者さんで見られるドライバーを見つけ、ゲノム研究を治療に活かすという方向だけで解決するほどガンは簡単な相手でないということだ。いずれにせよ、これだけ豊富なデータが蓄積された。これからは、ガンの共通性だけを求めるのではなく、ガンの個性に軸足を置いた研究(例えば個別のガン抗原が見つかるか?)も必要になるだろう。このデータの真価を知るのはずっとあとになる気がする。野心のある若い医師がぜひ様々な角度からこの膨大なデータベースを丹念に調べなおして欲しいと思う。読んだあと、40年すぎても、ゲノムが明らかになっても、小細胞性肺ガンではガンが優勢であることを思い知らされた。それでも、あと少し頑張れば医学が優位にれるかもしれないと期待している。

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