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7月18日:外傷性神経変性治療への突破口(Natureオンライン版掲載論文)

2015年7月18日
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微小管に結合してその安定性を調節しているタウ蛋白、なかでもリン酸を受けたタウ蛋白が神経変性疾患に関わっていることがよく知られている。これに基づき、アルツハイマー病や外傷性の神経障害などの神経変性性疾患は、リン酸化タウの異常を基礎とするタウ蛋白症として統一的に捉えようと提案が行われている。今日紹介するハーバード大学からの論文はタウ蛋白症の発症メカニズムを明らかにし、変性の早期診断や治療の可能性を示したという点で重要な研究だと思う。タイトルは「Antibody against early driver of neurodegeneration cis-P tau blocks brain injury and taunopathy (神経変性の早期段階の促進因子cis-リン酸化タウに対する抗体は脳障害とタウ蛋白症発症を阻害する)」で、Natureオンライン版に掲載された。このグループは以前リン酸化タウの構造変化を誘導する酵素がタウ蛋白症を阻害することを見つけ、リン酸化タウのcis型からtrans型への変換でタウが無毒化する可能性を示唆していた。即ち、タウ蛋白症はcis型蛋白によって起こることを提唱していた。この論文では、この二つの分子型を区別できるモノクローナル抗体を作成し、cis型がタウ蛋白症を起こす張本人であることの証明を試みている。このモノクローナル抗体を使って急性脳障害を受けたマウスの脳を追跡すると、外傷2日ぐらいからすでにcis型タウ蛋白だけが上昇を始め、これが時間をかけて脳内に広がり神経内で重合することを明らかにしている。また、外傷性神経変性を起こした患者さんの脳サンプルで蓄積しているのがtrans型ではなく、cis型蛋白であることを示している。これらの結果から、神経内でのリン酸化タウの重合は全てこのcis型蛋白のせいであることが結論できる。一度の障害で誘導されるcis型蛋白が、その後脳内に広がり、慢性の神経変性が起こっていくのを示されると、空恐ろしい気持ちになる。次に試験管内の実験系で、障害によって誘導されるのは全てcis型蛋白で、これが他の細胞に伝播して神経変性を拡大していることを証明している。これまでもタウ蛋白がプリオン様性質を持つことが知られていたが、実際cis型とtrans型の2種類の構造があることがわかると納得する。最後に、cis型の細胞内重合化と伝播を新しく作った抗体で抑制できるか調べ、試験管内でも、実際のマウス脳障害モデルでも、この抗体が神経変性を抑制できることを示し、cis型に対する抗体による治療の可能性を示唆している。最も意外だったのは、試験管内の実験で、抗体がFcγ受容体を通って神経細胞内に入り、細胞内でcis型の重合を阻害しているという結果だ。私自身は、抗体の効果はタウ蛋白の細胞から細胞への伝播を止めるのだろうと考えていたので、にわかには信じ難いが、どちらにせよ効果は明らかだ。素晴らしい結果だが、実験のプロトコルにスッキリしないところがある。例えば、脳障害マウスへの抗体投与実験のプロトコルだが、障害前に腹腔に抗体を投与して、障害後に脳内投与をするなど、臨床から考えるとすべて後から投与だけの結果を示したほうがいい。この様に少し問題はあっても、効果は臨床研究に移っても十分だと思えるぐらいはっきりとしており、何よりも急性の損傷が慢性神経変性へと進むメカニズムについてはしっかり頭が整理できた気がする。神経変性性の疾患は高齢化社会の最大の問題だ。このメカニズムはおそらくアルツハイマー病など他の変性疾患にも共通に存在している可能性が高い。素人から見ても、重要な突破口化が開いた気がする。期待したい。

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