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7月19日:iPSを用いた自閉症研究(7月16日号Cell掲載論文)

2015年7月19日
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まだ現役時代、わが国でも疾患iPSを集めるプロジェクトが始まったが、最初は希少疾患に限って樹立を進めようという計画だったと思う。当時希少疾患などに限らず、ガンや血管病など対象を広げたらと意見を述べたことがあるが、おそらく大きな計画の変更なく今も進んでいるのだろう。同じ頃文科省の若手官僚と米国NIHを訪れ、iPS研究の助成方向について意見交換を行った。その時、NIHが統合失調症など高次脳機能障害についてiPSを使った研究プロジェクトを始めようとしていることを聞いて、遠い将来のために研究助成を計画する企画力に感心した。その後米国からは、iPSを用いて高次脳機能にチャレンジする論文が発表されているが、今日紹介するエール大学からの論文もそんな一つと言える。タイトルは「FoxG1-dependent dysregulation of GABA/glutamate neuron differentiation in autism spectrum disorders(自閉症ではFoxG1依存性のGABA/グルタミン酸神経細胞分化の異常が見られる)」だ。自閉症のような極めて高次な脳機能の研究に怯まずiPSを用いる意欲に感心する。その上で、疾患のiPSを作ればいいと言った安易な計画ではなく、自閉症を持つ4家族の全てのメンバーのiPSを作成し、ゲノムや遺伝子発現を比べる、周到な計画のもとに研究が行われている。患者さんの選び方も、既知のゲノム異常を持つケースは敢えて省いて、いわゆる原因がわからない自閉症に焦点を当てている。ゲノム時代に入ってから、世界の研究トレンドを見ると、もう一度家族や双生児の研究が盛んになっているのを感じるが、家族で比べるというこの研究にもこの認識が浸透している。ゲノムが複雑であることを改めて認識した上で研究が進められている証拠だが、このような認識が共有されていないわが国の現状を見ると寂しい気がする(私の認識が間違っていたらぜひ指摘してほしい)。次にiPSから3次元の脳組織を誘導する。試験管内での組織形成で見ると、自閉症患者さん由来iPSもコントロールとあまり変化はない。もちろん誘導されるのは小さな神経細胞の塊なので、実際の組織と対応させる必要がある。培養組織の遺伝子発現パターンと、脳発生での遺伝子発現のデータベースを比較して、妊娠2期の終脳皮質に近い組織であることをまず確認している。このパターンがある程度自閉症で注目されている扁桃体とも相関していることも調べている。その上で、遺伝的には極めて近いが自閉症を発症していない対照と、組織内の遺伝子発現を比べ、1)自閉症由来iPSでは神経細胞増殖が長く続く、2)これに伴いGABAニューロンの数が増大して、相対的にグルタミン酸ニューロンとの比が下がっている、3)この変化は大脳皮質分化に関わることがすでにわかっているFoxG1分子の発現が上昇する結果で、4)正常iPSにFoxG1を発現させることでこの異常を再現できる、5)FoxG1の発現異常の程度は実際の臨床症状と相関する、ことを見出している。4例と症例数は少ないが、本当なら(とただしたくなる)期待をはるかに超える結果だ。着実に当時のNIHが考えた方向の未来が実現していることを実感する。このような方向性は官僚が作れるものではない。研究者が集まって利害を超えて未来を計画することが必要だ。普通ならiPSでは無理と考えることを支援する長期的視野をわが国のiPS研究指導者にも期待したい。長期的発展は助成金の額を増やすことでは実現しない。間違いなく世界レベルでiPSの研究や利用は今後も拡大するだろう。そんな中で、わが国のiPS研究だけが荒れ野と化していたということにならないよう、わが国の指導者は心してほしい。

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