7月28日:カメムシは場所に合わせて色の違う卵を産む能力がある(8月3日号Current Biology掲載論文)
2015年7月28日
翻訳があるかどうかわからないが、Stuart Firesteinという異色の経歴を持つコロンビア大学の神経科学者が書いた「Ignorance: How it drives science (無視することがどう科学を動かすか)」という本がある。科学者が何かに焦点を当てることで、他の事象を無視することの問題を取り上げた面白い本だ。焦点を当てた事象とともに無視した事象も同時的に起こっているなら、どう全体を把握していけばいいのかは21世紀の課題の一つだろう。一つの方法は、一般の人がもっと科学に参加するという集合的手法を開発し、無視する領域を縮めることだ。もちろん科学者も常に先入観を捨ててしっかり観察をする必要がある。今日紹介するカナダからの論文はそんな典型で、カメムシの一種が白から黒までの卵を状況に応じて産むという意外な現象の観察記録でCurrent Biology8月3日号に掲載されている。おそらくこのグループは卵の殻の色の多様性に興味を持って研究していたのだろう。事実、鳥でも昆虫でも、卵の色の多様性があるのは誰もが知っている。しかし、これは食べ物や環境による多様性の一つと考えられ、わざわざ環境に合わせて産む卵の色を変える動物がいるなど誰も想像しなかった。この論文のハイライト、はカメムシの仲間マクリベントリスのメスが色素含有量の異なる卵を産むことができるという発見だ。一匹のメスをシャーレの中で産卵させる実験を行い、黒く塗ったシャーレでは場所を問わず黒い卵が、透明のシャーレでは、ヘリや蓋の裏側に産卵するときは白い卵になることを見つけた。すなわち、光とともに、場所の特徴によって産卵する卵の色を変える。野生の状況で調べると、葉の表に産卵すると黒い卵、裏側に産卵すると白い卵になっている。これらから、おそらく重力などを感じて、葉の表か裏を感知して、それに合わせて産む卵の色を変えていることが分かった。葉の表は直接日光に当たり強い紫外線を受けることから、紫外線から卵を守るためではないかと考え、紫外線照射をすると、確かに黒い卵の方が影響を受けにくい。最後に、この色素の性質を調べ、メラニンではなくイカのセピアメラニンに近いことを、日本の色素科学の専門家伊藤さんや若松さんの助けを借りて調べている。話はこれだけで、どのように色素が卵に付加されるのかなど、メカニズムの研究はまだ何もできていない。しかし、一匹のメスが、色の違う卵を意図的に産むことができるという発見だけで十分だろう。焦点を当てながらも、目配りのできる科学者も数多くいる。これに一般の人が加われば全く新しい可能性が開けることは、ギャラクシー・ズーで証明済みだ。すなわち、コンピュータでは分類の難しい天体写真を、25万人の天文ファンが参加することで分類が進んだという成功を生物学も真剣に学ぶべきだと思う。