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8月5日:エチオピアの長距離ランナーが速い理由(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2015年8月5日
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私たちの世代はエチオピアというとローマ、東京とオリンピック2連覇を果たした裸足のマラソン選手(といっても東京オリンピックでは靴を履いていた)アベベ・ビキラを思い出す。禁欲の鉄人といった風貌で誰も寄せ付けない独走を果たし、間違いなく東京のレジェンドとなった。もちろんアベベに限らず、エチオピアやケニアの人はマラソンが強い。これは単純な高地順応ではなく、低酸素で運動能力が落ちない特殊な順応が起こっているからで、この秘密を解こうとゲノム研究がこれまでも行われてきた。今日紹介するカリフォルニア州立大学サンディエゴ校からの論文はゲノム研究から見つかってきた候補遺伝子が実際に高地での運動能力に関わっていることを示した研究でアメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Endothelin receptor B, a candidate gene from human studies at high altitude, improves cardiac tolerance to hypoxia in genetically engineered heterozygote mice (人間の高地順応に関する研究で特定されたエンドセリン受容体B(EDNRB)は遺伝子改変したヘテロマウスの低酸素下の心臓耐久性を改善する)」だ。このグループは昨年エチアピア高地民族のゲノム解析からEDNRBに高地順応と関連するSNPが集中していることを報告している。この研究ではこの多型の性質についてまず詳しく調べ、多型がEDNRBの転写調節に関わる領域に存在し、おそらくEDNRBの発現量が低下しているという結論に至った。私も色素細胞など神経堤細胞分化を研究していたことがあるのでこの分子には馴染みがある。欠損すると致死的で、突然変異によって色素の異常や心臓形成の異常とともに、ヒルシュプルング病と呼ばれる腸の神経細胞が欠損するため蠕動が止まってしまう病気がおこる。しかし、なぜこの遺伝子が高地順応に関わるのか不思議に思った。おそらくこのグループも同じ印象を持ったと思う。そこで、ノックアウトマウスを作成し、大人になってから半分の遺伝子だけが働くヘテロマウスの低酸素下の運動機能を調べている。すると、ヘテロマウスは低酸素下での低血圧が起こらず、心拍出量が維持され、血中の乳酸値も低く止まっていることがわかった。すなわち、心臓機能が高地順応している。明確な結果はここまでで、なぜ心臓でこのような順応が起こっているのか調べるために正常とヘテロマウスの心臓の遺伝子発現解析をして、ATPエネルギーの生産が高く、カルシウム代謝が変化していることを示唆しているが、これは結果か原因かよくわからない。とはいえ、EDNRBが成人心臓機能に関わることは様々な生理学的研究から明らかで、今回の結果もこれを反映しているのだろう。しかし意外な遺伝子が特定されたものだ。最近オリンピック委員会に提出されたドーピングの実態レポートが話題を呼んでいる。しかし有名な遺伝的赤血球増多症を持っていたフィンランドの距離スキー選手や、今回のEDNRB遺伝子多型のように生まれついての優位性は五輪では問題にならない。普通の人間がこのハンディを乗り越えるためには結局薬物に頼ることになるのかもしれないが、これからますます規制は強まるだろう。将来、EDNRBがヘテロの子供を早期に選別してマラソン選手に育てるなど、ゲノム診断をスポーツに生かそうとする国が出てくる可能性が高い。生まれつきのアドバンテージについてもはっきり議論をしておいたほうがいいような気がする。

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