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8月17日:乳ガン発生過程でのリプログラミング(Natureオンライン版掲載論文)

2015年8月17日
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8月8日と昨日、肝臓の幹細胞研究について紹介したが、どちらの研究でも幹細胞だけで発現する遺伝子に望む時にスウィッチオンできる標識遺伝子を組み込んだモデル動物を使って、特定の時期に標識された幹細胞がどの細胞へと分化するかを調べる方法を用いている。私たちもこの方法を用いて研究を行ったが、動物の開発に時間とコストがかかる。しかしうまくいくと成果は大きく、特に思いもかけなかった新しい発見につながる可能性が高い。今日紹介するブリュッセル自由大学からの論文もそんな例で、乳ガンの発生起源について全く新しい可能性を示しNatureオンライン版に掲載された。タイトル「Reactivation of multipotency by oncogenic PIK3CA induces breast tumor heterogeneity (発ガン遺伝子PIK3CAは多能性を誘導して乳ガンを多様化させる)」だ。この研究はベルギーを代表する若手幹細胞研究者Cedric Blanpainのグループにより行われた。ケンブリッジの幹細胞研究所のアドバイザーを共に勤めたが、研究だけでなく、研究所の運営にも意見を述べることができる、これからのヨーロッパの幹細胞分野を牽引する人材だ。もともと皮膚の幹細胞を研究していたが、彼らが使っていた標識が乳腺の幹細胞の追跡に使えることを発見し、乳腺の幹細胞に関する重要な貢献をNatureに発表した。乳腺は内腔側の管腔細胞とその外側にある基底細胞からできている。乳腺は比較的単純な臓器の割には、ガンになると多様な組織像を示し、一般的に管腔細胞ガンはエストロジェン受容体や、Her2の発現が維持されている予後のいいガンだが、基底細胞ガンはいわゆるトリプルネガティブと呼ばれる予後の悪いガンであることが多い。Cedricらは2011年、管腔細胞と基底細胞を別々に標識する方法を開発しているが、この研究ではこの標識法を用いて、乳ガンに多く見られる変異型PIK3Ca分子を管腔細胞、基底細胞に導入し、ガンの発生を調べている。おそらく最初は管腔細胞にガン遺伝子を導入するとおとなしい管腔細胞ガンが、基底細胞にガン遺伝子を導入すると悪性の基底細胞ガンができると予想して実験を行ったのだろう。ところが全く予想に反し、基底細胞にPIK3Caを導入するとほぼ100%おとなしい管腔細胞ガンになり、管腔細胞に同じガン遺伝子を導入すると基底細胞ガンと呼んでいい多様なガンが発生してしまった。これにp53変異が加わっても、この傾向は変わらないが、基底細胞からも多様なガンが生じる確率が高まる。なぜこの逆転が起こるのかを追求した結果、変異型PIK3Ca導入により管腔細胞も基底細胞も多分化能を獲得することを発見した。次にPIK3Ca遺伝子導入により誘導される遺伝子発現を比べ、この差が生まれる原因を探っている。結果はまだ解釈の段階でしかないと思うが、同じ遺伝子が発現して、同じように多能性が獲得されても、誘導される遺伝子の多くは異なっており、最初の細胞の状態により、リプログラムのされ方が違っているため、最終的にガンの性質の差になっていると結論している。もちろん、両方で共通に発現している遺伝子もあるため、これが多能性獲得に関わるのだろうと示唆している。メカニズムについてはこの研究で全てが明らかになったわけではないとおもう。しかし、乳がんを考える上で極めて大きな貢献であることは間違いない。なぜ乳ガンでPIK3Ca遺伝子変異が多いのか、乳ガンの多様性はどうして起こるのかなど、私の頭の整理もだいぶついた。今後この発見を核に、乳ガン研究は違った展開を見せる気がする。
  1. okazaki yoshihisa より:

    管腔細胞、基底細胞もpik3ca導入で多分化能を獲得する。

    imp
    やはり、発ガン過程は一種のリプログラム過程?

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