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8月18日:発ガン遺伝子の作用を逆手に取る(8月10日号Cancer Cell掲載論文)

2015年8月18日
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細胞が必要とする時にmRNAを転写するのに関わる遺伝子を転写因子と呼ぶが、直接DNAに結合して転写部位を支持する分子に加えて、転写のための分子間相互作用を増強するための多くの分子が参加する。これらを転写のコアクティベーターと呼ぶが、多くのガンでこのコアクティベーターが上昇しているのがわかっている。ただ、コアクティベーターは正常細胞でも重要な働きをしており、その機能を抑制すると正常細胞の活動も阻害されることが予想される。今日紹介するテキサス・ベーラーカレッジからの論文はコアクティベーターの一つSRCを抑制するのではなく活性化してガンを殺せないか調べた研究で、8月10日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「Characterization of a steroid receptor coactivator small molecule stimulator that overstimulates cancer cells and leads to cell stresss and death (ガンを過刺激して細胞ストレスと細胞死を誘導するステロイド受容体コアクティベーター分子の刺激化合物の研究)」だ。この論文は、レチノイン酸受容体など核内受容体に結合する分子として単離されたSRC(ステロイド受容体コアクティベーター)の活性を刺激する化合物MCB-613の作用機序の研究と言える。もともとステロイドホルモン受容体のコアクティベーターであることから、SRCと乳ガンの関係はよく研究されており、半分以上の患者で発現が高く、また発現が高い場合予後がよくないことが知られている。さらに、乳腺でこの分子を発現させると乳ガンが発生することもわかっていた。このグループはこの分子の阻害剤も開発しているが、今回は刺激剤MCB-613がガンの増殖を抑制できるかどうか検討することから始めている。この分子がSRC特異的に作用することを確かめた後、様々なガン細胞株を処理すると、細胞内に小さな空胞が集まる特徴的な死に方をすることを確かめた。例えばアポトーシスやネクローシスといった一般的なガン細胞の死に方とは違って、核酸の切断などは見られない。この特徴からパラプトーシスと呼ばれる細胞内ストレスと呼ばれる細胞死がMCB-613で誘導されているのではないかと、詳しく調べて、確かにパラプトーシスが起こっていることを証明している。あとは、MCB-613により確かにSRCの活性が亢進して多くの遺伝子の転写が亢進するとともに、この分子がパラプトーシスを誘導していること、またSRCにより酸化ストレスが細胞に誘導され、これが更にSRCの活性を上げることで、正のサイクルが止められずに細胞が死ぬことなどを明らかにしている。これにはSRCのリン酸化が関与することなど詳しく調べられているが、詳細はいいだろう。コアクチベーターの発現が亢進しているガン細胞では、この活性を更に亢進させると酸化ストレスが上昇するとともに、多くのタンパクが翻訳されるERストレスも亢進して、細胞内に空胞ができ、パラプトーシスで死んでしまうというシナリオだ。分かりやすく言うと、ガンは自分の必要性に合わせて転写を亢進させているが、そこに油を注いで、制御不可能にしてやろうという戦略だ。その上で、マウスに注射したガン細胞の増殖をMCB-613が抑制することを示している。転写因子やコアクティベーターに対する薬剤の開発はもともと難しいが、ガンに特異的な転写因子にだけ焦点を当てず、ちょっと変わった視点からガン制圧の挑戦を続けている人たちがいることを知ることができる、面白い論文だと思う。まだまだガンにも弱みはある。

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