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8月22日:膵臓癌の強さの秘訣(8月20日号Nature掲載論文)

2015年8月22日
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他のガンと比べた時、膵臓癌の悪性度は群を抜いている。私が医師として働いていた時から今まで、治療成績はほとんど変わっていないのではないだろうか。発ガン過程だけを見ていると、rasなど他のガンとオーバーラップするところが多く、なぜ間質反応が強く、血管に乏しいのに、これほど悪性なのかよくわからなかった。最近、我が国の大隅さん達が発見したオートファジーと呼ばれる細胞内の分解機構を抑制すると膵臓癌の悪性度が低くなることが報告され始めた。一方、色素細胞や破骨細胞の発生に関わるとして研究されてきたMITF/TFE3系が、最近オートファジーに関わる分子の発現を調節する分子として脚光を浴びてきた。今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文はこの二つの流れを合流させた研究で8月20日号Natureに掲載された。タイトルは「Transcriptional control of autophagy-lysosome function drives pancreastic cancer metabolism (オートファジー・リソゾーム機能の転写調節が膵臓癌の代謝を動かしている)」だ。既に述べたように、膵臓癌ではオートファジーが更新し、リソゾーム活性が上がっていることが知られていた。そこで、この経路を動かすことがわかってきたMIT/TEFファミリー分子の発現を調べると、他のガンではほとんど上昇がないのに膵臓癌では高い(もちろんもともとこの系が働いているメラノーマでは高いが)。また膵臓癌では、これら転写因子はオートファジーに関わる多くの遺伝子上流に結合している。そこで、MITF/TEF3分子の発現を抑制すると、オートファジーは抑制され、さらに細胞の増殖も止まる。次になぜMIT/TEFファミリー分子の活性が高まっているのか調べている。もともとこの分子はTORC1という分子の作用で核内に移行できないよう調節されている。膵臓癌でも確かにTORC1が発現しているにもかかわらず、MIT/TEFファミリー分子が核内に移行してしまっている。この原因を探ると、核内移行に関わる輸送システム、インポーティンが上昇してこの分子を核内へと導いていることを明らかになった。これらの結果から、MIT/TEFファミリー分子の核内輸送異常によりオートファジーが上昇していることがわかった。次に、オートファジーが上昇するとなぜガンが活性化されるのかを調べるために、細胞内の代謝状態を調べると、分解が上昇した結果、細胞内のアミノ酸濃度が上昇していることを見つけ出した。さらにこの上昇には細胞周囲のたんぱく質を取り込んで分解する経路の上昇が寄与している。これらの結果から、膵臓癌では細胞内でのアミノ酸上昇をうまく緩衝する仕組みが働いて、オートファジーでアミノ酸を調達し、栄養の少ない場所でも代謝活性を維持するることで、その強さを維持していると結論している。上流から下流まで分子の具体的なネットワークを決定した研究で、これだけ長い回路が明確になると、ガン抑制の分子標的の開発も進むだろう。この研究は、独創的というより、これまで考えられてきた様々な経路を丹念に繋いで見せた点が評価できる。最近オミックスばやりで、オミックス解析をしてそれでおしまいという研究が増えてきた中で、分子間の相互作用を段階的につないでいくオーソドックスな研究は逆に新鮮に思えるほどだ。いずれにせよ、実際の膵臓癌でこの経路を標的にしたとき何が起こるのか、早く見てみたい。
  1. 中原 武志 より:

    この項の一部を私のブログに紹介させていただきました。

    1. nishikawa より:

      MITFの阻害剤も開発されていると思います。

  2. Okazaki Yoshihisa より:

    2019年3月20日より
    膵癌とオートファジーの関連、この頃から指摘されてたんですね。

    膵臓癌:細胞内アミノ酸上昇をうまく緩衝する仕組みがあり、オートファジーでアミノ酸を調達し、栄養の少ない場所でも代謝活性を維持するることで、その強さを維持していると結論
    →2日前から悩んでましたが、疑問が解消しました。

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