8月23日:社会問題の科学(米国アカデミー紀要8月13日号及びScience8月21日号掲載論文)
2015年8月23日
専門を問わずに論文を読んでいると、社会問題をなんとか科学にしようとしている人たちの努力に出会う。科学論文としては問題を感じるところもあるが、21世紀に取り組まなければならない問題を科学として確立し、解決を見出そうとする強い意志が感じられる。自分の意見をそのまま主張するのは科学ではない。若い世代はフェースブックやツウィッターで自分の主張を述べて満足するのではなく、できれば自分の主張を科学してみる気概が欲しい。今日紹介する論文はその点では参考になる。最初は米国アカデミー紀要8月13日号に掲載されたノースウェスタン大学からの論文で、タイトルは「Self-control forecasts better psychosocial outcome but faster epigenetic aging in low SES youth (社会的貧困層の若者では、自己統制は心理的社会的状況の改善をもたらすがエピジェネティックな老化を早める)」だ。アメリカの最大の問題は社会格差と貧困で、成長に対する最も大きなリスクになっている。この階層の若者を困難な状況から自力で離脱させるために自己統制を身につけさせる教育が進んでいるようだ。ところがこの教育で自己統制を身につけ、社会的にも貧困から抜け出た若者に心臓病の確立が高いことがわかってきた。この研究では、ジョージア州の貧困家庭に属する17歳の若者292人をリクルートし、22歳まで追跡している。このとき、様々なテストで自己統制を確立できているかどうかを調べ、自己統制ができたグループとできなかったグループの社会的、心理的状態を調べるとともに、白血球のメチル化DNAをゲノムレベルで測定し、2013年Molecular Cellに報告された方法を用いて、細胞の老化度を測定している。結果は心臓疾患についての研究を支持しており、たしかに成人した後の心理的、社会的状態は自己統制を身につけたグループの方が良い。しかし、血液細胞のDNAメチル化状態から計算される老化度は、社会経済的問題を自己統制で乗り越えたグループほど高いという結果だ。特に、克服した困難が大きいほど老化度が高い。鬱という精神症状に現れなくても、大きな困難を自ら克服するには身体的なストレスがあるという結果だ。この研究で驚くのは、2013年に報告された全ゲノムレベルのメチル化検査を社会問題研究にいち早く取り込んでいることで、その感受性の高さと、分野間の風通しの良さに感心した。もう一つのカナダ・ビクトリア大学が8月21日号Scienceに発表した論文は、野生動物の絶滅に対する人間と野生の天敵のインパクトを比べた研究で、タイトルは「The unique ecology of human predators (人間の狩りが持つ特別な生態)」だ。この研究は人間と野生のハンターの狩りについて発表された論文を集め、世界各地で行われている狩りの成功率、獲物の死亡率、捕獲率について陸上野生動物と、魚について調べている。結果だが、もちろん人間の方が狩りの成功率と捕獲率が高いので、これが生態系を壊す要因になる。しかし、これより人間のハンターは大型肉食獣とクマなどの雑食獣を特に狙って殺している点、同様に魚も成長した大きな魚を標的にすることで、生態系を独特な仕方で壊している点が最も問題を引き起こすという結論だ。方法論を見ると、決まった考えに結論を導いているだけでは懸念のある論文だ。とはいえ、トップジャーナルに論文が出ることで、この分野は活性化されることは間違いがない。ポパーの言うように反論可能なのが科学だ。しかし、小規模な漁や狩りでもこの有様だ。人間のインパクトをどう抑えるのか、おそらく誰もアイデアはない。折しもOryxオンライン版にスマトラサイは一部で繁殖に成功しているが、絶滅は時間の問題だと警告する論文が出ていた。この点については、私は悲観論者で、おそらくなす術の見つからないうちに、見渡せば家畜とペットしかいない世になるように感じる。それでも諦めず社会問題を科学として取り組む若い人が増えることを期待したい。
社会問題を科学として扱う前提として、計量分析に必要なデータと社会現象の相関を見出すことが重要ですね。
政治学では、選挙(投票行動)や紛争(勃発原因)など、計量分析に必要な大量のデータを集めることが可能な分野での研究が先行しており、計量政治学として一分野を形成しています。