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8月28日:多発性硬化症の免疫学(9月号Nature Review Immunology掲載総説)

2015年8月28日
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今年Natureの新しい姉妹誌Disease Primerが発刊された。一般の方と医師や研究者をつなぐという明確な目的が伺える優れた企画で、だいたい月3回、様々な疾患についての専門家の総説と、医師が患者さんに説明するときに役に立つチャートがセットになって掲載されていく。早速購読を開始したので、今後面白い総説があればそこからも紹介したいと考えている。他にも、Natureの出版社は専門家向けの多くの総説誌を出版しており、特定の分野の全体像をつかむのには都合が良い。病気について言えば、どの程度理解が進んでいるのか、確実な治療はあるのかなど、大づかみにできる。今日はNature Review Immunologyに掲載された多発性硬化症の病態についてのオックスフォード大学からの総説を紹介してみよう。タイトルは「Immunopathology of multiple scleraosis(多発性硬化症の免疫病理学)」だ。さて読み始めてすぐ分かるのは、この病気の病態について現象的に理解できても、本質が理解できていないことだ。このような対象についての総説が陥りやすい、羅列的で焦点がよくわかっていないことに気づく。結論的にいうと、私の知識の深化と頭の整理にはそれほど役立たなかったということだ。もちろんこれは専門家としての印象だ。もし最近の総説についてもっと知りたいと手を挙げていただければ、ニコニコ動画などで一緒に論文を読みたいと思っている。いずれにせよこれで今日の文章を終わるわけには行かないので、私が学びなおせたと思えることを羅列しておこう。1)世界全体を合わせた患者数は250万を超す。民族差はあまり見られない。2)25年経過した患者さんの半数が車椅子を必要とすることからわかるように、運動障害が中心だが、様々な神経症状がみられる。2)免疫反応の集積が中心の病理だが、神経変性が並行して進むため、症状に現れる寛解と再発と、神経変性過程は乖離している。3)多型解析などのゲノム解析から、遺伝的背景の寄与は3割程度で、免疫反応抑制や炎症性サイトカインの発現に関わっている。4)すでに100種類の遺伝子多型が知られており、TNFR1の多型は多発性硬化症の発病を促進するが、他の変性性疾患との重なりはほとんどない。4)環境要因としてはウイルス、特にサイトメガロウイルス、EBウイルスとの関連が知られており、EBウイルス抗体と多発性硬化症は相関する。5)神経変性が始まると免疫反応とは相関なしに病気が進む可能性があり、ニューロンとグリア細胞との関係をより詳しく知る必要がある、などだ。あとはおきまりの炎症を起こすエフェクターT細胞と抑制性T細胞の動態についての長々とした解説が書かれている。読んで一つだけ理解したのは、この病気のモデルとして使われる実験アレルギー性脳せき髄炎が必ずしも創薬のためのモデルにならないことで、動物モデルで効果が見られたIL2,IL23のシグナルを抑制する抗体薬の治験が失敗に終わったらしい。今後、免疫だけでなく、細胞の脳内への浸潤を抑制したり、神経やグリア変性を標的にする薬剤が必要なことがわかる。はっきり言ってそれほど役に立たない総説だったが、病気自体が複雑なため仕方ないと思う。特に、人間についての研究がどうしても遅れてしまうため、モデルとの差にフラストレーションを感じる。この問題を乗り越えるため、今遺伝子の多型と病気との相関を統計的ではなく、遺伝子発現の問題として捉える研究が始まっている。最新号のCellに掲載されたスタンフォード大学からの「Genetic control of chromatin states in human involves local and distal chromosomal interaction (クロマチンの状態の遺伝的調節には近位、遠位の染色体相互作用が関わっている)」はそんな例だ。21世紀に入ってすぐ、多くの病気について、病気発症の遺伝的リスクを調べることが行われ、病気と相関する遺伝子多型が続々リストされた。現在個人ゲノム検査として提供されているのはこの時の成果だ。しかし実際にはこのリスクはただ統計学的相関に過ぎず、なぜ相関があるのかメカニズムはよくわからないことが多い。この間を埋めるべく、遺伝子多型と、染色体の構造変化、エピジェネティックな変化の間の相関を全ゲノムレベルで求めた膨大な研究を行ったのがこの論文で、よくここまでやると頭がさがる。このような研究のほとんどは、まず末梢血を用いて行われるため、このような研究から自己免疫病理解の新しい道が開けるのではと期待している。その意味で、わからないということを整理する総説は本当は重要だ。これからも折を見て紹介する。

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