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8月31日:直腸ガンに対するメチル化阻害剤の予想外の効果(8月27日号Cell掲載論文)

2015年8月31日
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5アザシチジンという化合物はDNAのメチル化阻害剤として古くから実験に使われてきた薬剤だ。最近この薬剤が骨髄異形成症候群や骨髄性白血病をはじめとして、様々なガンの増殖抑制に効果があることがわかり、実際の臨床に使われ始めている。私も現役時代、長崎大学医学部の宮崎さんたちと共同で、この薬剤の投与を受けた骨髄異形成患者さんの白血病細胞のDNAのメチル化状態を調べたことがある。というのも、メチル化阻害という非特異的薬剤がなぜガンを選択的に叩くのか、そのメカニズムは極めて興味深いからだ。ただ研究を進める間、ガンに関わる遺伝子DNAが脱メチル化されることで効果が生まれるという点は疑わなかった。今日紹介するトロント大学からの論文はこの思い込みを見事に覆す研究で8月27日号のCellに掲載された。タイトルは「DNA-demethylating agents target colorectal cancer cells by inducing viral mimicry by endogenous transcripts (DNA脱メチル化剤は内因性の転写を誘導してウイルスを真似ることで直腸ガンを叩く)」だ。このグループは研究の途中で5アザシチジンがガンに関わる遺伝子の脱メチル化とは無関係にガン増殖を抑制するのではないかと着想したようだ。特に、一度だけ低い濃度でがん細胞を処理することで、長く続くガン抑制効果がゆっくりと現れる効果の出方と、薬剤効果の分子機構から予想される効果のパターンとが異なっていることに注目した。そこで、1回5アザシチジンで処理しただけで変化が40日以上続く遺伝子を探索した結果、これらの遺伝子がウイルス感染時に誘導されるインターフェロンに反応して誘導される遺伝子であることに気づいた。しかし、インターフェロン自体は分泌されていないので、5アザシチジン自体がウイルス感染により誘導されるインターフェロンと同じ効果を持つことが示唆された。この5アザシチジンがウイルス感染を真似るメカニズムについて様々な実験を重ね、次に述べる結論を導いている。5アザシチジンを処理すると、ゲノム内に存在する内在性レトロウイルスなど繰り返し配列のRNAポリメラーゼIIIによる転写が起こり、結果2重鎖RNAの細胞内濃度が上昇する。これをウイルス感染と間違って防御機構が活動化され、ミトコンドリア膜状のMAVSの重合、IRF7の活性化の結果、様々なインターフェロン反応性分子が誘導され、細胞の増殖を止めるというシナリオだ。実際、MAVS分子の発現を抑制すると、IRF7の活性化も、それによる遺伝子誘導も消失し、ガン増殖は抑制されない。さらに都合のいいことに、この効果は増殖するがん細胞を供給する元の細胞にもっとも顕著に現れる。なぜ内在性遺伝子のPolIIIによる転写が誘導されるのかなど、不明な点も多いが、この結果は、今後のガン治療に重要な様々な示唆を与えている。まず、もしガン抑制が5アザシチジンの脱メチル化作用と直接関わらないなら、現在のように長期に投与するのでなく、一回だけ投与して経過を見るという治療プロトコルも可能なはずだ。おそらく副作用は、はるかに少ないだろうから、試す価値はある。また、最終結果がインターフェロン反応性の分子によるガン増殖の抑制なら、5アザシチジンではなく、このシグナル経路をブロックする薬剤で治療することも可能だ。以前ガン幹細胞をインターフェロンで叩く可能性を示した論文があったと記憶しているが、この結果と一致する。このように詳細まで完全に明瞭とは言い難いが、思い込みを戒める重要な貢献だと感心した。

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