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9月6日:コリン作動性神経の機能(8月27日号Cell掲載論文)

2015年9月6日
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モリエールの戯曲の「病は気から」に、医学生が試問官から「なぜアヘンで眠くなるのか?」と尋ねられて、「アヘンには睡眠物質が含まれています」と答えて、試問官に感心されるという小話がある。当時のプライドだけ高いが非科学的な医師を風刺した戯曲だが、説明してわかったつもりになることは私たちもよくある。その一つがコリンエステラーゼ阻害剤のドネベジル(エーザイ、アリセプト)がアルツハイマー型認知症に効くのは患者さんの脳内のアセチルコリンの濃度が低下しているからという説明だろう。なぜこの説明が問題かというと、この現象の本質について答えていないからだ。というより、コリン作動性神経の脳内での活動を調べることができておらず、本質に応えようがなかった。今日紹介するハンガリー科学アカデミーと、米国コールドスプリングハーバー研究所からの論文はコリン作動性の神経の脳内活動を記録する研究で8月27日号Cellに掲載された。タイトルは「Central cholinergic neurons are rapidly recruited by reinforcement feedback (中枢のコリン作動性神経は強化フィードバックにより動員される)」だ。神経と筋肉との接合部で働くアセチルコリンについては理解が進んでいるが、中枢神経では刺激実験や神経抑制実験から可塑性、覚醒、報酬、そして注意力の維持などに関わることが現象的には知られていても、これらの反応とコリン作動性神経の反応との対応がついていなかった。この問題の解決にはコリン作動性神経の反応を脳内で記録するしかない。ただ、この神経が存在する大脳基底部には他の種類の神経も多く、どの神経の興奮を記録しているのか確認するのは簡単ではなかった。この研究では、コリン作動性神経特異的に光に反応するチャンネルを発現させる今大流行りの光遺伝学を用い、大脳基底部のコリン作動性神経だけを興奮させて挿入した電極で記録しているのがコリン作動性神経であることを確認したあと、同じ神経の活動をマウスの行動と対応させることで、生きたマウスの脳内でコリン作動性神経活動を記録することに初めて成功している。これがこの研究の全てで、後はこれまで議論になっていた問題を調べる行動実験系でこの神経の機能を調べている。詳細を全て省いて結論だけを述べると、1)コリン作動性神経は覚醒して活発に活動している時にもっとも活発に興奮を繰り返し、活動が低下すると興奮の回数は減る。そして睡眠中は興奮が活動時の半分以下になる、2)特定の音に反応するよう訓練したマウスが間違った反応をして罰を受けると全てのコリン作動性神経が急速に興奮する、3)一方正しい判断をした時の興奮様態は多様で罰を受けた時ほど揃っていない、4)一度罰を受けると、褒美に対する反応が早くなる、そして5)これまで示唆されていた注意力の維持には関係ない、になる。これらの結果から、コリン作動性の神経は予想外の結果(この実験では罰を受ける)に興奮して、大脳皮質の反応を変化させることで学習や記憶の強化に関わると結論している。大脳のコリン作動性神経の活動が記録できていなかったというのは素人の私にとっては意外だったが、これでようやくなぜドネベジルの効果があるのかを神経細胞レベルで詳しく調べることができるとともに、さらに新しい薬剤の開発も可能になるだろう。モリエールの笑い話の題材にならないよう、わかった気にならないで、本質を常に求めることは難しい。

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