9月9日:本態性血小板増多症のテロメラーゼ阻害剤による治療(9月3日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
2015年9月9日
アメリカの成功した創薬ベンチャーは、それぞれ科学的業績の面で得意分野を持っており、その基盤の上に創薬が進められている。この意味で、ジェロン社は、細胞老化研究といえば誰もがジェロンを思い浮かべることができるほど老化研究で有名だ。特に、細胞が分裂を繰り返すとき染色体の断端(テロメア)が短くなり老化するのを防いでいる酵素、テロメラーゼの研究に強く、Imetelstatと呼ばれるテロメラーゼ阻害剤を開発している。この阻害剤はテロメラーゼの活性に必要な小さなRNAに相補的配列を持つオリゴヌクレオチドを脂肪鎖で修飾した分子で、テロメラーゼがテロメアと結合するのを阻害する。血液の研究に関わった側から見ると、テロメラーゼを抑制すると長期的には多くの幹細胞に異常が出るのではと危惧する。実際臨床応用への道のりは厳しかったようで、2010年頃は株価もどん底で低迷していたようだ。2014年に入ってようやく骨髄線維症に対する臨床治験が進み始め、会社も一息というところだろう。今日紹介するスイスベルン大学からの論文もジェロンには追い風になる研究で9月3日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Telomerase inhibitor imetelstat in patients with essential thrombocythemia (本態性血小板増多症患者のテロメラーゼ阻害剤Imetelstatによる治療)」だ。本態性血小板増多症は血中の血小板が60万を越えるとき(普通は40万まで)つけられる病名で、これまで原因がよくわかっていなかったため本態性と呼ばれているが、現在では遺伝子検査が進み、ほとんどのケースでJAK2, MPL,Calreticulinのいずれかの遺伝子に突然変異が見つかることがわかっている。このグループは、血小板を作る幹細胞にテロメラーゼを導入すると血小板増多症になり、患者さんの細胞増殖をImetelstatが抑えることを試験管内で確認していたようだ。今回、この前臨床試験を実際の患者さんで確かめる第2相試験を行っている。他の治療で血小板が減らない患者さん18人を選んで週1回Imetelstat投与を行い、血小板を減らすことができるか調べている。結果は上々で、16人の患者さんでは血小板が数週間で正常に戻っている。ただ、投与を止めると血小板は上昇してくるようで、2週間に一回程度の投与を行うと、血小板を正常レベルに維持できるという結果だ。実際、JAK2突然変異を持つ元の細胞の数を調べると、治療に反応して80%まで低下するが、完全に除去することはできないようだ。これだと、血小板を正常に維持するため、ずっとImetelstatの投与が必要になる。心配された貧血などの副作用は概ね軽度だが、2人についてはやはり強い貧血で輸血を行っている。ただこれも対応可能で、最も多く見られた副作用は疲労感だったと結論している。これらの結果から、おそらくこの治療は次の段階へ進むだろう。本当に薬になるのだろうかという懸念を克服し、骨髄線維症と、血小板増多症には効果がありそうだと期待されるようになった。創薬はあらゆる常識を克服してダイナミックに進むことを実感する。ただこの薬剤のメカニズムから考えると、全てのテロメアを阻害することは間違いなく、長期間の投与の影響は間違いなく懸念される。ただ、不謹慎とは思いつつも、幹細胞研究者としてはどんな長期的影響があるのか見てみたいという気持ちが起こってくるのも確かだ。今後を見守りたいと思っている薬の一つだ。