10月10日:マラリア撲滅15カ年計画の効果(10月8日号Nature掲載論文)
2015年10月10日
今年のノーベル医学生理学賞を予想したわけではないと思うが、10月8日号のNatureに2000年から2015年の15年という長期にわたって続けられてきたアフリカでのマラリア撲滅計画の効果を推計学的に調べたオックスフォード大学からの論文が掲載されていた。タイトルは「The effect of malaria control on plasmodium falciparum in Africa between 2000 and 2015 (2000−2015年にアフリカで行われたマラリア制圧計画の効果)だ。
ノーベル賞受賞理由を紹介した10月6日の記事にも述べたが、21世紀科学の重要な目標は格差の是正であるというメッセージが、NatureやScienceなどから頻繁に出されるようになっているが、この論文はこの傾向を代表するものだ。今回のノーベル財団の選考もこのトレンドに加わったと言える。格差是正の国際的努力にとって最も重要な地域はアフリカだ。Jeffery Sachsの「The end of poverty:economic possibilityies for our time」は優れた貧困の地政学分析だが、これを読むと、アフリカにはGNP上昇が停滞するどころか低下している国が多く存在する。そしてこの貧困の原因の大きな要因が戦争と感染症で、WHOを始め国際機関も感染症の撲滅に大きな努力を傾けている。マラリアに関しては2000年から発症を75%減らすという15カ年計画が進んでおり、今年はその節目にあたる。次の15カ年計画のためにも、これまでの計画の評価が必要になる。この科学的評価を行ったのがこの研究で、Natureもその意義を認めて8月に投稿された論文を9月1日にアクセプトしている。先進国だと感染症については届け出等をとおして正確な把握ができるが、アフリカでは様々な要因で観察は容易ではない。これをバラバラに実測されているデータを地政学的要因を統合し、ベイズと呼ばれる推計手法で感染率を計算したのがこの研究で(本当は数学的処理については私も完全に理解できているわけではない)。この結果、平均感染率は2011年の9%を最高に、年平均5%の割合で低下していることがわかり、感染が蔓延している地域は急速に縮小している。したがって、最初の75%感染率を減らすという目標はほぼ達成されたことになる。この間実際に行われた対策が、1)カヤの普及、2)持続性のある殺虫剤の家の中での散布、3)そしてTuさんの開発したアルテミシニンを中心とした治療で、この選択が正しかったことがこの結果からわかる。それぞれの対策の効力についても計算しており、減少の68%はカヤの普及によるところが大きく、次にアルテミシニンの治療が19%、そして殺虫剤は13%としている。基本的には、まず感染防御からという当たり前のことが実感できるが、Tuさんの貢献ももちろん大きい。では次のステージで何をすべきかだが、一番待たれているのがワクチンの開発だ。私がまだ免疫学会に属している時からずっとマラリアワクチンの開発が続けられ、特に最近有望なワクチンが開発されているように思う。新しい15カ年計画にこのワクチンが加われば、次は撲滅を目標にしてもいいような気がする。