元の記事は次のURLを参照して下さい。
http://mainichi.jp/select/news/20130906k0000e040242000c.html
この論文は読んだ時から、日本のメディアも報道して欲しいなと期待していた。嬉しい事に毎日新聞が9月6日掲載した。ただ例のごとく、共同通信経由の記事として掲載しており、毎日の手はあまり入っていないようだ。これまでの毎日新聞のパターンを見ていると、外国で行われ、日本で記者発表が行われなかった記事は多くの場合、共同にアウトソーシングしているように思える。まあ掲載してくれたのだから何も言うまい。さて、記事の内容だが、いつも通り極めて短い。幸い今回は、短くても内容は正確に伝えられている。私も記事について特にコメントはない。ただ、新聞報道と関係なくすばらしい仕事と感じ、またアメリカの強さが際立つ仕事だったので、もう少し詳しく紹介しよう。
まず、この仕事は将来性に富む力作で、この分野の素人の私でさえ感心した。この一週間に日本のメディアが紹介した仕事と比べても群を抜く重要な論文だ。ワシントン大学を中心にする多くの施設が参加する共同研究で、論文を掲載した雑誌サイエンスでも、この週のハイライトとして紹介している。まず最も驚いたのは、腸内細菌も含め完全に細菌が除去されたマウスに、ヒトの大便を移植してヒトの腸内細菌叢をマウスの中で再現するのに成功している点だ。これがこの研究の核心だ。これまで、腸内細菌叢を動物同士、あるいはヒトからヒトに移植すると言う実験は行われていた。しかし、ヒトの腸内細菌叢の機能を調べる実験系はほとんどなかったと言っていい。実際、口から大便を導入する実験が気軽にヒトで出来きるとは思えない。その意味で、今回完全無菌マウスの腸管内に人間の腸内細菌叢を再現出来る事がわかった事で、細菌叢全体の機能についての研究が急速に進むと期待できる。ではだれから腸内細菌藪を含む糞を貰えば良いのか?このグループは単純に肥満と正常人を統計学的視点で選ぶと言う事はしない。代わりに、双子で片一方だけが肥満と言うペアーを選んで研究を行った。これにより、遺伝的な多様性などを気にせず、生活によって生じた肥満だけを対象に出来る。これが可能になるのは、ミズリー州で双子のコホート研究が行われており、条件にあった対象を4組選ぶことができたからだ。そして圧巻は、やせたヒトからの大便を移植したマウスに比べて、肥満のヒトからの大便を移植されたマウスは肥満になる事が示された。同じ事は、大便から分離した細菌を移植しても起こる。この結果は、腸内細菌藪の「機能を移植」出来た事になる。実際の論文では更に詳しい重要な実験が続く。特に腸内細菌藪の細菌の種類の違いを決め、肥満につながる原因を探る部分は圧巻だ。しかし、これは少し専門的すぎるので、またの機会にしよう。
今回の仕事を読んでみて、では日本でこの様な仕事は可能だろうかと心配になった。まず腸管内の細菌も除いた完全無菌マウスは日本で利用できるのか?普通のマウスを無菌化する場合、母乳で育てる限り腸内まで完全に無菌化する事は困難だ。大変な努力を払って欧米ではこれが維持されていると言う事だが、日本ではどこまで気軽に使えるのだろうか?次に、双子の実験を思いついたとして、条件にあった双子のペアーをリクルートする事が出来るだろうか?日本ではコホート・コホートと騒がれているが、本当に草の根から長期間にわたって人間を調べると言う覚悟があるのだろうか。アメリカでは本当にこの様な草の根の仕事が数多く進んでいる。本当はこの様な層の厚さこそ、臨床研究のための力になるのではないかと思う。PatientLikeMeからマウスまでこの厚みがアメリカにはある。この層の厚みは一朝一夕では不可能だ。長期の視野を持った計画がほしいと思った。
日本のコホート研究も乱立気味を解消して地に足着けて役に立つデータを集めて欲しいものです。