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10月20日:幻覚の起源(10月12日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2015年10月20日
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  • 精神症は「現実との接点の喪失」と言われるように、現実と頭の中で考えていることとの区別がつかなくなる病気だ。症状としては、見えないものが見えたり、音がしていないのに聞こえるなど幻覚や妄想が中心になる。なぜ見えてもいないものが見えるのか、幻覚の起源はどこにあるのか?しかし、現実と接点がないことから生じる幻覚や妄想の研究は難しい。極めて主観的な感覚で、観察者と共有することができない。精神症の研究にとって、観察者と共有可能なテストをいかに開発するかは重要な問題だ。これにチャレンジしたのが今日紹介するウエールズ・カーディフ大学からの論文で10月12日号の米国アカデミー紀要に掲載されている。タイトルは「Shift toward prior knowledge confers a perceptual advantage in early psychosis and psychosis-prone healthy individuals (精神症と精神症傾向を持つ正常人の持つ既存の知識へのシフトが感覚的優位性を与える)」だ。タイトルだけ読んでもわかりづらいが、この研究の目的は精神症や精神症エピソードで見られる幻覚の起源を探ることだ。この研究では、幻覚の起源がすでに経験して記憶しているイメージにあるのではないかとあたりをつけ、この仮説の検証を試みている。研究では、既存のイメージとして人物や動物の写真を見せ、頭に入れさせる。もちろんこの写真は精神症、正常を問わず認識は簡単だ。次に、この写真をグラデーションのない白と黒だけのイメージへと加工する。こうなると普通何が写っているかわからない。この加工写真の人物や動物を除いたイメージも作る。実験では、加工前のカラー写真を見せる前と後で、加工した写真を見せ、人物がいるかどうか判断させる。このセッションを繰り返して、実際の写真を頭に入れることで、わかりにくい白黒イメージが再組織化され、中に写っている人物を認識できるようになるか調べている。結果は軽い精神症と診断された患者さんは、頭の中のイメージを使って実際に見ているイメージを再組織化する能力が高い。次に、正常人を集め、精神症の傾向を調べるテストを受けてもらい、点数をつける。その上で同じようなイメージテストを行い、頭の中のイメージをもとに実際の感覚を組織化する能力を調べると、精神症度が高いほど、この能力が高いという結果だ。これらのデータから、精神症の人の幻覚は、根も葉もないものではなく、これまで経験した様々なイメージや音と、現実の感覚が連合しやすいため起こっているという結論だ。幻覚にも起源があるというのはわかりやすい結論だ。今後は連合が行われるときの脳イメージなどの研究がこのテストを使って行われていくことだろう。幻覚という主観的症状を何とか客観的なテストにしたいという著者の工夫がよく理解できる論文だった。もちろん、本当にこのテストと幻覚が対応するのかはまだまだ研究が必要だろう。特に、このテストを診断に取り入れて症例を重ねることは重要に思う。面白いのは、このテストを含む幾つかのテストをすると、正常から精神症まで切れ目なく点数が分布することで、誰もがどこかに精神症の傾向を持っているようだ。おそらくこの夢見る気持ちが私たちの生きる気持ちを支えてくれているのだろう。もちろん度がすぎると、昨年の捏造騒ぎにつながる。ただ、精神症傾向があるかどうかで人を決して分別しないと私は決めている。

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