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10月21日:CRISPR遺伝子編集論文に見る科学者の未熟(Nature Biotechnologyオンライン版掲載論文)

2015年10月21日
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昨年の今頃は小保方捏造騒動の幕引きが進んでいたが、文科省・学術会議・そして多くの学会が研究倫理教育の徹底を対策の柱に据えていたのを見て思わず皮肉笑いがこみ上げた。倫理教育と聞くと私はいつも鼻で笑いたくなる。なぜなら、倫理教育では特定の価値をマニュアル化して人に押し付けることが多い。戦前の軍国主義教育でも倫理教育はなされていたし、例えば「Hitler’s scientist」を読むと、ナチスには公共場所の喫煙禁止を含む極めて進んだ倫理マニュアルがあったようだ。要するに倫理が教育になるとすぐマニュアル化する。私にとって倫理とは自分とは違う考えを理解することに他ならない。文科省の生命倫理安全部会の座長をしたとき一番科学者に望んだのは、科学者が申請の中で市民の持つ様々な意見を理解していることを表現してもらうことだった。科学や研究倫理がマニュアル化するのを防ぐもう一つの方法が、科学者が科学の出自や歴史を理解することだ。フッサールの「幾何学の誕生」で議論されているが、科学者が研究を進める上で、科学的命題を誰が発見し、どのような状況で生まれたかを知る必要はない。ただ、社会と関わるときこの出自についての知識は必須だ。こう考えると、歴史を知らず、科学研究は自由だと考えている研究者の多い我が国の状況は悲劇的だが、もちろんわが国だけではない。今日紹介する韓国AICTからの論文を読んで、科学者がマニュアル教育から抜け出すことの難しさを実感した。10月19日のNature Biotechnologyにオンライン版に掲載された論文で、タイトルは「DNA-free genome editing in plants with preassembled CRISPR-Cas ribbonucleoproteins(DNAを用いないCRISPR-Cas9 リボ核酸・タンパク複合体による遺伝子編集雨)」だ。例によってCRISPRの倫理問題だが、この論文はEUの組み替え食物規制の条文に違反しない遺伝子編集が、ガイドRNAとCas9を遺伝子ではなく精製タンパクにしてからプロトプラストに導入することで効率よく実現できることを示した論文だ。研究としては様々な植物でDNAを使わず遺伝子編集が可能であることが示されている。もちろんCas9タンパクの導入効率さえあげれば原理的に可能であることはわかっていたので、研究としてはなるほどで終わるのだが、やはり最初から目的をEU規制を回避した組換え植物の作製法にしているように見える点に、このグループの未熟さを感じる。もともとEUの規制は人体への影響だけでなく、組換え技術の生態系への影響も懸念して、科学者の積極参加の上で作られている。それを回避する方法ができたと喜ぶことは、当時の科学の想像力の欠如をあざ笑っているに過ぎず、自分で自分の首を絞めるに等しい。   ここでも紹介したように、CRISPRの倫理問題はヒトゲノム改変だけではない。もう一度組換え技術の出自を問うために、欧米の科学者が第二アシロマ会議(アシロマ会議とは遺伝子組み換え生物の封じ込めや倫理について1975年に行われた会議)から議論を始めたことを理解する必要がある。今議論が必要なのは、これまで効率が悪いからということで議論が止まっていた組み換え生物の封じ込めの問題だ。現存の地球上の全生物はゲノム多様化と自然選択で進んできた。そこに組換え技術からクリスパーまで全く異なる可能性が生まれ、異なる原理で選ばれた生物が生まれ始めた。18世紀の有機体論から、ダーウィン、そしてヒトゲノムまで生物学の出自を知り、マニュアル化した倫理教育を嘲笑い、多くの意見を理解する科学者を育てるためにも、私は今後も小保方問題やCRISPRを若い人たちと議論したいと思っている。その一環として、今週土曜日1時から、京大倫理学教育研究センターのシンポジウムで話をする予定だ(http://aasj.jp/news/seminar/4141)。是非多くの方が議論しに来て欲しいと思う。

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