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12月5日:ガン細胞の生存に必要な分子を全て洗い出す(12月3日号Cell掲載論文)

2015年12月5日
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最近CRISPR/Casによる遺伝子編集の論文をこのホームページで紹介することが減ったと思うが、これは研究が下火になったのではなく、あまりにも論文が多すぎて紹介する意欲が失せているというのが本当のところだ。この拡大スピードはおそらくiPSを上回ると思う。また、これまで研究が困難だった問題が、この技術のおかげで新しく研究対象として浮上してきている。我が国のメディアでは、特定の遺伝子編集の効率が上がったという捉え方しかできていないようだが、ゲノム全体にわたって分子の機能を包括的に解析するための技術としての可能性が最も重要なポイントではないかと思う。例えば、複雑な個体レベルでは9割近い遺伝子が発生や生存に必要だが、ヒト細胞が生きるためだけに必要な遺伝子となると実はよくわからない。これをCRISPRによる網羅的な遺伝子編集を用いて調べる論文が散見されるようになり、だいたい2000ぐらいの遺伝子が一般的なヒト細胞の生存に必要であることがわかって来た。今日紹介するカナダトロント大学からの論文は、ガン細胞が試験管内で生きるために必要な分子を網羅的にリストするための技術開発についての研究で12月3日号のCellに掲載された。タイトルは「High-resolution CRISPR screen reveal fitness genes and genotype specific cancer liabilities (高解像度のCRISPRを使ったスクリーニングによりガンの強みと弱みを明らかにする)」だ。この研究はガンの生存に必要な遺伝子を全て明らかにするための技術の開発だ。これまで紹介してきたように、CRISPRシステムでは、Cas9というDNA切断酵素を配列特異的なガイドRNAを用いて特定の遺伝子部位に導き、遺伝子を切断することで、効率の高い遺伝子ノックアウトや編集を行う。この研究では、ゲノム配列データを基礎に、タンパク質として翻訳されるエクソン全てに対するガイドRNAを設計して、無作為にエクソンの機能を消失させるための技術を開発している。すなわちヒトゲノム中に存在する各エクソンを全てカバーする90,000、および173,000種類のガイドRNAを新たに設計して、どの遺伝子が壊れるとガン細胞が死に、またどの遺伝子が壊れるとより高い増殖が可能になるのかを調べている。いうのは簡単だが、最も効率の良い特異的なガイドRNAを設計するためにはかなり高い能力が必要になる。この研究は、設計に必要な各ステップを示した論文で、特定された遺伝子の解析が主眼ではない。詳細を全て省いて結論を述べると、新しいガイドRNAライブラリーを用いることで、同じ目的でこれまで開発されたシステムの2倍の感度で必要な遺伝子をリストでき、調べた5種類のガンで、おおよそ2000の遺伝子が生存に必要な遺伝子として特定できたという結果だ。これに加えてこの方法は、遺伝子が壊れると細胞が余計に増殖する分子のリストも作成できる。こうしてリストされる遺伝子の中には、特定のガンでだけ必要とされる遺伝子も含まれる。このガン特異的分子リストを作成し、ガンを殺すための標的分子を見つけることができることも、モデル実験系で示している。CRISPRが報告された当時この系の可能性を聞かれて、創薬にこの系を駆使できるよう準備したほうがいいとアドバイスしたことがある。この研究も同じ発想で始めたと思われるが、CRISPRを知ってすぐ準備したとしたら、条件を完全に整えるのにやはり数年必要だったことになる。我が国の企業やアカデミアでここまで準備を整えているところがどれほどあるかわからないが、もしまだならすぐこのライブラリーを使えるようにしたほうがいいと思う。次は、ES細胞に同じシステムを応用して、そこから正常細胞やガン細胞を作って、生存だけでなく、分化にも必要な全遺伝子をリストすることが進むだろう。ガンのゲノム研究から、ガンで起こる突然変異のカタログ化が進んでいるが、このデータベースと連携させて、制ガンのための標的発見を加速させることもできるだろう。ショウジョウバエで始まった高等動物の全遺伝子突然変異リスト作成が、ゲノム解読とCRISPRのおかげでヒトでも可能になってきたことを実感する。

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