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12月12日:米国を揺るがす胎児組織の研究利用是非をめぐる議論(12月10日Nature掲載レポート)

2015年12月12日
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11月28日に、コロラド州コロラドスプリングスの医療施設が男に襲われ3人の職員が死亡した事件が報じられたが、襲われた組織を運営している組織がPlanned Parenthood Federation of America(PPFA)で、家族計画という名前からわかるように人工中絶を推進する組織だ。わが国ではあまり報道されていないが、この襲撃の背景には、これまでの妊娠中絶反対を超えた、最近問題になっているPPFAを巡る大きな議論があるのは間違いがない。この議論についての科学界の反応をレポートしたのが今日紹介する12月10日号のNatureレポートで、タイトルは「The truth of fetal tissue research(胎児組織研究の真実)」だ・   昨日、ヒト胎児脊髄神経細胞から樹立した神経幹細胞を利用して、様々な変性性疾患治療を進めているNeuralStem社の開発した全く新しいメカニズムの抗うつ剤の論文を紹介した。言うまでもなくこの胎児組織は、人工中絶胎児組織を使って作成されている。亡くなっているからといって中絶胎児を自由に研究に使っていいのかは議論が多い。私も委員の一人だったが、2002年発足の「ヒト幹細胞を用いた臨床研究のあり方に関する専門委員会」では、様々な議論の末、研究利用は医学の発展に重要で一定の条件を満たせば倫理的に許されるものの、国民の理解が完全に得られていると言えず、研究を自粛するとする結論をだし、私が知る限り現在までこのモラトリアムは続いているのでないだろうか。一方、アメリカでは根強い中絶反対運動はあるものの、これに対抗するPPFAのような様々な組織が設立され、中絶は女性の権利として活動をしている。   研究する側から言うと、中絶胎児を利用することは技術的にもそう簡単でない。特に、両親のインフォームドコンセントを得た上で使うためには、組織的な取り組みが必要になる。わが国で胎児組織から神経幹細胞を樹立していた研究施設では、このために医師と研究者が両親と真剣に話し合って、理解を得ようと努力していたのを今でも覚えている。ただ、このような個人的努力に依存するだけでは、胎児組織を多くの研究施設で使うことはできず、中央集権的な組織的取り組みが必要だ。これを行なっていたのがPPFAでNatureのレポートによると、700の診療所を持ち、貧困女性の避妊指導からガン検診まで提供するNPOで、国から600億円近い助成を受けている。この診療所の半分では人工中絶手術を提供し、3施設で胎児組織を調整して様々な研究のために有料で配布している。   これまでもこの組織の活動への批判は根強くあったが、中絶反対団体Center for Medical Progress(CMP)が俳優を使ってPPFAのトップにおとりインタビューを仕掛け、その時組織を調整するためにどう胎児を扱っているかについて、一人の医師が、露骨で平然とした態度で語っているビデオが公開され、PPFAに対する怒りが爆発した。この怒りがコロラドスプリングス事件の背景にある。この結果、議会での公聴会が行われ、共和党主体の議会では、現在許されている胎児組織の利用がアメリカでも禁止されるかもしれないと大きな議論になっている。    これに対し当然医学界は組織の配布が続くよう働きかけを強め、オバマ大統領も議会の決定に対しては拒否権を発動するとしているが、予断を許さない状況だ。わが国の委員会の議論の最中に横浜の医院で中絶胎児の死体を一般ゴミとして廃棄していたスキャンダルがあり、委員会の雰囲気がガラッと変わったことを思い出す。   わが国ではモラトリアムで終わったが、Natureのレポートは、胎児組織が使われている研究分野を丁寧に紹介し、論調として利用禁止になった時の医学研究への影響を研究者への実名インタビューを交えて述べている。これ以上詳しくは述べないが、エイズ研究、発生研究、脳研究などアメリカでは164の研究が胎児組織を利用している現状を知ると、それが正式には全くできないわが国の問題が逆に気になる。   わが国では一旦委員会で出た結論はそのまま再検討なく続くことが多い。iPSの盛り上がりで過去の問題が忘れ去られ、もし今も胎児組織利用についてモラトリアムが続いているなら、アメリカで反対運動が起こったこの機会に、もう一度冷静な議論を始めるべきだと思う。この委員会の議論の最中、杉並区立和田中学校長だった藤原さんに頼まれ、彼の有名な「よのなか科」で、中絶胎児を再生医療に使っていいか、中学生に2派に分かれて議論してもらったことがある。大人顔まけの多様な議論を繰り広げる中学生たちを見て、心から感心したが、医学界側からこのような草の根議論を始めることが重要だと思う。

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