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12月22日:炎症による記憶障害のメカニズム(12月17日号Cell掲載論文)

2015年12月22日
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神経と神経のシナプス接合は、周りに存在するアストロサイトと呼ばれるグリア細胞によって調節を受けている。現在、炎症性疾患や変性性疾患がアストロサイトと神経の相互作用の異常に起因するのではないかと研究が進んでいる。今日紹介するローザンヌ大学からの論文は、TNFα刺激により誘導されるアストロサイトの活性化が海馬での記憶を障害するメカニズムを明らかにし、このメカニズムが多発性硬化症に関わることを示した研究で12月17日号のCellに掲載された。タイトルは「Neuroinflammatory TNFα impairs memory via astrocyte signaling (神経炎症により誘導されるTNFαはアストロサイトを介して記憶を障害する)」だ。これまでの研究でTNFαによりアストロサイトが刺激されると記憶が障害されることは知られていた。この研究では、TNFαが海馬歯状回に存在して記憶に関わる顆粒細胞と嗅内皮質から伸びる神経軸索(貫通繊維)とのシナプス結合を変化させるかどうかを、海馬から切り出したスライスを用いて調べ、まず歯状回にTNFαを一定量以上局所注入すると顆粒細胞の興奮が高まることを確認している。次に、この変化がTNFαによりアストロサイトのグルタミン酸分泌が亢進し、これが貫通繊維の発現するグルタミン酸受容体を介してシナプスの興奮を誘導する結果起こることを、同じスライスを用いて明らかにしている。次に、炎症性神経疾患の多発性硬化症モデルで実際にこの回路が関わるかどうかを調べるため、アストロサイトだけにTNFα受容体を誘導できるマウスを作成し、調べている。結果は期待通りで、アストロサイトがTNFα受容体を発現している場合だけ、恐怖記憶の成立が障害されていることを突き止めている。すなわち、炎症により誘導されるTNFαがアストロサイトを刺激、記憶の成立を妨げることが明らかになった。このシナリオから、TNFαシグナル阻害と、貫通繊維のグルタミン酸受容体の阻害が治療候補として考えられるが、海馬記憶を改善する目的で現在臨床研究が進んでいるグルタミン酸受容体に作用する化合物はマウス多発性硬化症モデルではあまり効果がなく、新しいグルタミン酸受容体阻害剤開発の必要性を示している。一方、TNFαシグナル阻害は炎症全般を抑制するのに効果があり、この回路だけに関する効果を調べることは難しい。しかし、海馬の局所的炎症がアルツハイマー病にも関わるということが示唆されていることから、アルツハイマーモデルでTNFαシグナル阻害により記憶障害が改善されないか確かめてみるのは重要だと思われる。単純な研究だが、臨床への出口も示している面白い仕事だと思った。

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