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12月27日:IDH突然変異とガンの悪性度(Natureオンライン版掲載論文)

2015年12月27日
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同じ時ウェッブにアップロードされたNature論文の中に、量子世界のエンタングルメントをマクロレベルに移行できることを示す、すなわち瞬時の物質移送が可能かもしれないという論文が出ていたが、残念ながら私にその実験を解説する力がないので解説記事だけリンクをはっておく(http://www.nature.com/news/quantum-leap-1.19070)。おそらくこの分野では重要なはずだ。
同じウェッブサイトでもっとも私の興味を引いたのは、ハーバード大学のBradley Bernsteinのグループの、IDH突然変異とゲノムの構造との関わりを調べた研究だった。タイトルは「Insulator dysfunction and oncogene activation in IDH mutant gliomas (IDH突然変異を持つグリオーマではインシュレーターの異常によるガン遺伝子の活性化が見られる)」だ。
  ガンゲノムが解読されるようになり、最初増殖や生存に直接関わる多くの分子の変異が発がんのドライバーとして特定されていった。一方で、多くのガンで細胞増殖に直接関わる分子ではなく、細胞全体の恒常性の維持に必要な一般的遺伝子の変異が発がんに先行することがわかってきた。その中のもっとも有名な分子がIDH(イソクエン酸デヒドロゲナーゼ1)だ。クエン酸の一般代謝回路に関わる酵素の一つとして適当に考えられていたが(少なくとも私は)、ガンの中でもっとも悪性のグリオブラストーマ発症の最初に変異が起こる遺伝子の一つであることがガンゲノムの解読より明らかにされ、IDH変異と悪性化の関係が脚光をあびるようになっている。当然分子の性質上、代謝自体の変化を追求するのがこの研究の一つの方向性で、例えば最近Cancer Cellに掲載されたやはりハーバード大学からの論文(http://dx.doi.org/10.1016/j.ccell.2015.11.006)ではこの変異によりニコチン酸からのNAD(ニコチン酸アミド)合成が阻害され、ガンがNAD飢餓に弱くなっていることを示していた。
  もう一つの方向性が、この変異による遺伝子発現の全般的異常を追求する方向性で、この酵素により合成が促進するハイドロオキシグルタール酸がTET分子を阻害して、遺伝子のメチル化異常を誘導するという事実を基礎にしている。実際、グリオブラストーマではDNAメチル化の程度が上昇していることが知られている。この論文では、メチル化異常により遺伝子転写支配の区域化が乱れるのではないかと仮説を立て、この可能性を調べた。ゲノム領域を区域化し、エンハンサーの作用範囲を決める境界にはCTCF分子が結合していることが知られている。この研究ではまず網羅的に、メチル化が上昇し、CTCF分子の結合が低下している境界領域を特定し、隣り合う境界に存在するPDGFRAとFIP1L1遺伝子に着目して研究を進めている。PDGFRAは増殖因子受容体で、グリアの増殖を調節するもっとも重要な遺伝子だが、分化後増殖が止まると発現が下がる。一方FIP1L1はRNAプロセッシングに関わる分子で、成熟グリア細胞で発現が高い。詳細を省いて結論を述べると、PDGFRAとFIP1l1遺伝子が属するゲノム区域(TAD)の境界のメチル化がIDH1変異により上昇し、その結果CTCFの結合が阻害されることで、区域の境界が変化し、PIP1L1の発現に関わるエンハンサーが隣の区域のPDGFRAにも作用して、細胞増殖がまた始まるというシナリオだ。このシナリオを確かめるため、メチル化を落とす5AZで細胞を処理すると、増殖が落ちること、またPDGFRAのリン酸化活性を阻害する化合物dasatinibで増殖が落ちることを示している。
 確かにBernsteinというスマートな研究者の仕事だと納得する綺麗な研究だ。ただ、あまりに綺麗な話はどこかに間違いがあるかもしれない。冷静に見ながら、期待しよう。IDH1変異のように、あまり特異的でない分子の変異による発がんのメカニズムがわかってこそ、ガンの制圧が可能になる。その意味で、重要な研究だと思う。

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