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1月23日:ガンの分子標的薬を論理的に組み合わせる(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2016年1月23日
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  ガンゲノム解析によりガンの異常増殖に関わる分子が特定されるようになり、特定の発ガン分子を標的とする分子標的治療への期待が高まった。すでに数多くの分子標的薬が臨床で使われ、また200近い新しい標的薬が治験段階にあり、一種のブームが起こっている。しかし分子標的薬治療が拡がってすぐ、副作用が少ない薬でガンを根治するという最初に抱いた期待は急速にしぼむ。結局慢性骨髄性白血病などの一部の例外を除いて、ガンの分子標的療法は確かによく効くが、ガンの方もしぶとく、時間が経つと薬剤抵抗性を獲得した細胞が現れることがわかってきた。
   では分子標的療法ではガンの根治は望めないのだろうか?この問題に対して、ガンが薬剤耐性を獲得するメカニズムを明らかにし、耐性がでないよう先回りして対策を打つための研究が始まっている。今日紹介するテキサスMDアンダーソンがんセンターからの論文はこの典型でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Blocking c-Met-mediated PARP1 phosphorylation enhances anti-tumor effects of PARP inhibitors (c-MetによるPARP1のリン酸化を阻害することでガンに対するPARP1阻害剤の効果を高めることができる)」だ。
  この研究の焦点はBRCA遺伝子に突然変異を持つ、最も厄介なトリプルネガティブ乳がん(治療標的となるエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2を発現していない乳がん)に対する治療法の開発だ。BRCA分子は切断された2重鎖DNA損傷の修復に関わる分子で、この遺伝子の機能が落ちると突然変異が増えてガンになる。ただ修復がうまくいかないと細胞は死ぬ。従って、BRCA遺伝子に変異があるとPARP1などの修復機構抑制に感受性が高いことがわかっており、PARP1に対する分子標的薬オラパリブがBRCA変異を持つ乳がんや卵巣癌に使用されている。しかし、BRCA変異があっても全く効かない症例も多く、また効いても抵抗性が必ず発生する。この抵抗性を調べるため、著者らはPARP1を誘導する活性酸素で、PARP1の薬剤抵抗性獲得を助ける様な分子が発現するのではないかと仮説を立てPARPに薬剤耐性を与える分子を探索している。膨大なデータをまとめてしまうと、c-Met受容体型チロシンキナーゼが活性酸素の刺激で核まで移動し、そこでPARP1を直接リン酸化することがPARP1のオラパリブ耐性獲得のメカニズムであることを突き止めている。基本的にはオーソドックスな細胞生化学の方法を使った実験でわかりやすい。この結果に基づき、c-Metの機能を抑制するクリゾチニブとオラパリブのガンに対する併用効果を調べると、期待どおりこれまでオラパリブの効果のなかったガンにも効果が現れる。マウスにガンを移植するモデルでもこの効果は確認できることから、最初から両方の薬剤を併用することで、単剤より高い効果を期待できるという結論だ。
  ここで使われた薬剤はすでに臨床応用されており、あすからでも併用効果に関する治験は可能だ。しかし、今後この様な研究が進んで、様々な分子標的薬を組み合わせる治療法が開発されるとすぐ問題になるのがコストだ。一剤でも高価な標的薬を自由に組み合わせる治療法の開発を現場の医師が進めることが極めて難しくなっている。従って、一剤では抵抗性が出ることがわかっていても、結局違った薬剤を順番につないでいくという治療しかできない。この問題を解決するには、薬剤のコストを下げるしかないが、開発費を考えるとそう簡単ではない。
  TPPでは薬剤の特許期間を短くする交渉が行われた様だが、患者の立場からすると議論の方向性は逆に思える。長期間特許を認める代わりに、最初から薬剤価格を低く抑えることを本当は議論して欲しかったと思う。標的薬用いたガンの根治を考えるなら、この問題は避けて通れない。

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