今日紹介するマサチューセッツ医科大学からの論文はまさにこの例で、思っても見なかった現象が示されている。タイトルは「Biogenesis and function of tRNA fragments during sperm maturation and fertilization in mammals (精子成熟と受精過程で起こるトランスファーRNA断片の合成と機能)」だ。
最近、父親の栄養状態が子供のエピジェネティックな状態に影響を及ぼすことが報告されている。例えば昨年12月13日に栄養により精子染色体自体のエピゲノムが変化するという論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/4547)。しかしその時コメントしたように、どうして精子形成期のエピゲノムの一部が受精後のエピゲノム再構成を逃れられるのかよくわからない。受精後おこるエピゲノム再構成をガイドできるもっと積極的なメカニズムがあるように思える。
著者らはこの積極的なメカニズムとして、精子が運んでいる小さなRNAが関わっているのではないかと睨んで研究している。まず、低タンパク食を与えた父親の精子を受精させると、代謝に関わる遺伝子発現に変化が見られることを確認した上で、正常精子と、低タンパク下でできてきた精子のRNA配列を調べた所、精子成熟に連れてトランスファーRNA(tRNA)が切れた断片が増えていることに気づく。特に増加が目立つのがリジンとヒスチジンを運ぶtRNA断片で、しかもこのtRNAは精子が精巣を出て精巣上体へと移動する間に、精巣上体の細胞からエンドゾームを介して注入されることがわかった。あたかも精子というミサイルが保存場所に移動する間に、弾丸を込めているようだ。次に、こうして卵子に運ばれるtRNAの断片が卵子の遺伝子発現に影響するかどうか調べて、レトロウイルスのLTRプロモーターを使って発現している70近い遺伝子の発現がtRNAの断片で抑制されることを見出した。他にもプロモーターはLTRを使っていないが、リボゾームタンパクの一部もこのRNA断片で抑制される。以上の結果から、精巣上体で挿入されるsmall RNAが、父親の精子が子供のエピゲノムを変化させる一因となっていると結論している。
今回示されたtRNA断片で直接抑制される遺伝子には、最終的に子供の代謝を担う遺伝子は含まれておらず、著者らはまず胎盤の形成に関わる遺伝子が抑制されることで、胎児自体の栄養状態の変化が起こり、それが生後の代謝を決めるエピゲノムに影響していると結論している。今後研究が必要だが、精巣上体から出るエンドゾームが精子にRNA断片を実装し、卵子に運ぶメカニズムがあるなど、これまで考えたことはなかった。生命の不思議に脱帽。